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2017年5月10日 (水)

1998年の宇多田ヒカル

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 音楽ジャーナリストの方が、1998年の、宇多田さん、浜崎さん、AIKOさん、椎名林檎さんを題材に、日本の音楽シーンのことを書いた新書です。あたし、音楽評論家の文章って、あんまり読まないんだけど(音楽は文章で知るものじゃないしねえ)、この時代に生きていて、ついこの間感もあるので、読んでみました。タイトルは宇多田さんのことになっているけど、それは売らんかなのタイトルで、宇多田さんのことだけを書いているわけじゃあありません。

 

 彼女たちが、出てきて、それまで松田聖子さんとか、その後、小室さんとかで売れてきた邦楽がどういう風に変遷してきたかっていうのは、具体的に知っているだけに、なーるほど、こういう風に分析されるんだなあ、なーるほどなあって思うことがあって面白かったです。それは知っている音楽の流れを整理して分析してくれる喜びです。

 

 

 

 そしてへえ、へえって思ったのは、たとえば宇多田さんは芸能界や音楽業界を知り尽くした両親の下で音楽を作り始めて、その権利や創作的な自由を最初からリスクを知った人たちに守られてきた。スタジオで音楽を作る天才だった。一方、ヤマハから出てきたAIKOさんは、そんなこと全然知らずに好きな音楽をやってきて、ヤマハにいいようにされて、そこから独立していくプロセスを自分でたいへん苦労してやってきた。スタジオよりも、ライブで発揮される才能だ。浜崎さんは、知らなかったけど売れない女優さんでデビューして、エイベックスがまる抱えてイメージを膨らませて偶像化してきた。今でも、変なムック本とか音楽とは別のところでエイベックスに利用されていて、浜崎さん自身が、あたしは浜崎じゃなくって、エイベックスの会社員だということを改めて感じたというようなことがある境遇。いくら稼いでも、創作は自由になっていないと。椎名さんは、それをバンド、同級生や仲間とのバンドを複数かけもちすることで、自分の場所を作り上げていくスタイル。それぞれ、全然スタイルが違うけど、レコード会社、所属事務所、そして、プロデユーサー、創作、自分、イメージ、スタイル、という中で、どう泳ぐかということをいろんな苦労をしながら、やってるんだな、っていうところは、そういう風に考えたことがなくって、面白かったです。ふーん。

 

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