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2017年4月15日 (土)

女は笑顔で殴りあう

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 人には、コンプレックスも自慢も、猜疑心も嫉妬もあることは、よーくわかっています。あたしにも、いっぱいあります。それが、女の子の場合(男だって、そうだろうけど)、会話の中で、表面は笑顔で持ち上げたり、持ち下げたりしながら、皮肉のような自慢のようなそしりのようなことを、おしゃべりという時間の中で笑顔で続けるっていうことがありますよね。あたし、とーっても苦手だけど、でも、あたしにも人並みにちゃーんと、コンプレックスも自慢も嫉妬も、笑顔もあるので、自分もやり&やられてきたことを認めます。はい。

 

 これは、少し年下の女性編集者が、書いているのですが、たとえば、彼氏がいるとか、結婚するとかしないとか、彼氏の職業や年収とか、(イケメンかとか背が高いとか)、すてきな結婚式をしたとかしないとか、そういうネタが、人との比較対象になって、いろいろ怖い会話が続くという例みたいのをいっぱい書いています。そして、高度な方法、回避の方法、その先にあることを目ざす技とかね。

 

 まあ、50も後半になるとですね、彼氏の有無とか、既婚か未婚か離婚したかどうかなんて、それが幸福の指標にもならないし、子どもももうかなり大きくなって、あれこれ親がどうしたからって、手おくれ感もありありだし(あきらめがついてる、かなりね)、自分の人生でできることもできないことも、ある程度、予想もついてきているのもあって、いい意味で腹くくってきているので、あからさまなマウンティング(と、この本ではいうのですが)は、面倒な気分になっているのです。そして、マウンティングの不毛さも、十分わかっているはず。そんなことよりも、どうやって自分が生きているか、が幸福感のすべてなんじゃないかな。自分が何をやって、何を目指して、何を楽しみに、どういう暮らしをするか、そこでしかないことが、もうわかってくるのだ。結婚とか、彼氏とか、オットの年収じゃなくてね。

 

 それに、自分と話していて合う人、合わない人もかなりわかってきているので、無理して合わせないし、そもそもあたしなんか、おしゃべりだけが目的の時間というのは、ないんですね。一緒に、旅行したり、山行ったり、買い物いったり、演劇見に行ったり、エアロしたり、共通の目的なり趣味なりをする人たちと出会って、話しているけど、ただ同級生だからとか、ただ近所だからとか、ただ同年代だからといって会ってしゃべって時間使っても不毛なんだもん。つまんなーい!志の方向が違っても、志がある人や、偏愛ぶりが違っても偏愛を認めて楽しめる人との会話は面白いけど、自分のオットや子どものあれこれ、介護のあれこれを、愚痴レベルでしかない人の話を聞いてもつまんないし、「聞いて聞いて」っていうだけの人はもっとつまんない。自分の話の捨て場所にあたしを使うなって思う。自分の話を聞いて欲しいのーーー!っていう人って、どんだけ価値があると思っているんだろうか?前のめりに自分(と狭い周囲の)話をしているのは、あきれるばかり。そこからの昇華も、思考もないんだろうかって思う。自分の半径数メートルのネタで、前のめってるだけじゃ、つまんない。それほどのこと?なんていう今の生活なので、マウンティングとはほど遠くて、すっきりしてます。

 

あたし、女はおしゃべりで発散するとかいうけど、それもよくわからない。あ、もうおばさんですらない、おじさんなんだな。あたし。

 

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