2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 夫の | トップページ | セロリ入メンチカツ »

2017年2月18日 (土)

みんな彗星を見ていた

商品の詳細

 

 星野博美さんです。リュートという丸いギターみたいな楽器に出会って、それを習いはじめたことで、リュートが使われた16世紀に興味を持ちます。宗教画なんかにも描かれていたりする楽器みたいです。あたし、初めて知りました。星野さんは前作の「コンニャク屋漂流記」っていう祖先が、漁師から千葉の外房に流れていく歴史を調べて書いたのもそうですが、興味を持つと調べるんです。で、学術的に調べるというより、自分のあれこれの思いを一緒に持っていく感じ。これもそうです。

 

 だから、ある意味、思いを一緒にしないと、話があっちこっち飛んで、とーっても読みにくいんです。少し読んで、思いが重なるところが出てくると、面白いんですね。人間の頭って、いや、あたしの頭って学術論文にはなってないので、同じようにあっちこっち飛んでいけば、とっても楽しい。でも、たぶん、同行できないと、つまんないんだと思います。この本も、最初は面白そうって思ったんだけど、途中、彼女に同行できなくって、読みにくくってしばらく放置したのち、また読み始めたら、うまく同行できてどんどん進みます。

 

 星野さんはたしか戸越銀座あたりの生まれの方ですが、免許を取りに行ったのが長崎県五島列島。そういう縁もあって、長崎のキリシタン迫害とか殉教の歴史を調べ始めます。あたし、長崎県全域に通った仕事をしたことがあるので、五島列島も対馬も壱岐も実は行ったことがあって、いま古教会群を世界遺産に登録しようとしている長崎ですが、そのいくつかはチラっと(仕事途中なので実にチラです)見たことがあります。その時には、考えなかったキリシタン迫害(知識としては知っています)のことを、ここまで調べて、ここまで考えて書いている、歴史書じゃないけど、大作だと思います。あたし、キリスト教は禁止されたから、信仰を捨てない人が殉教したくらいに単純に思っていたけど、そうじゃないのね。なんでこーんなに残酷な仕打ちをして、それでも信仰を捨てない(って証拠とか取れないんだから心の問題でしょ、言っておけばいいじゃないーって無宗教者のたわごとー)ってたくさんの方が亡くなっていったんだろう、っていう疑問に星野さんは真正面からぶつかります。そこには世界の国からやってきた宣教師と、彼らに救われたと感じた庶民たちがいたこと、言葉も完全ではない彼らを結びつけたのはいったいなんなんだろう、という疑問。そして時代と歴史と為政者に翻弄される運命。後半は、長崎の古い教会群、なんだかレトロでステキね、なんていう気持ちを吹き飛ばす、重い重い内容です。こういうことをちゃんと残し、知り、彼らの魂を慰霊した上で、教会群を残していかなきゃならないんじゃないか、と思うのですが、現実は全く違う。がっくり。

 

« 夫の | トップページ | セロリ入メンチカツ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/11799/64280195

この記事へのトラックバック一覧です: みんな彗星を見ていた:

« 夫の | トップページ | セロリ入メンチカツ »