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2016年7月15日 (金)

人に強くなる極意

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 あたし、特段、誰かに強くなりたいとも思って生きてないんです。だから、タイトルで選んだ本じゃなくって、佐藤優さんっていう、あの外務省をやめて(っていうより、罪に問われて)、はいはいって言わなかったので500日以上勾留されて、その後、国家の罠とか、名著を書いている、ギョロ目の方だからです。そして、本の表紙をめくったところに、「感情とは、ある意味わがままで理不尽な力であり、それ自体を完全に消し去ることはできません。ただし、理性の光を当てることによって、それを変質させることはできる」って書いてあったからです。

 感情、気持ちを大切にすることってわかるんだけど、じゃあ、そのおもむくままでいいか、というと私はそれは違うと思う場面が多いのです。あるがままーとか自分らしくーとか簡単に言うけど、あるがままーって、目指すものを持たない、目指すことをしないいいわけにも簡単に使える気がして、あたしは言えない。こういう風になりたい、こういう風にしてみたいっていうことがあれば、まあ、できないかもしれないけど、できるために、こういう風なことをしてみたり、工夫してみたりがあってこそできるもの。そういうことをしなくて、あるがままーって言われても、怠惰なだけ、と思う場面も現実にはいっぱい。

 気持ちも同じ。素直な気持ちはもちろんあるけど、じゃあ、それをそのまま出したり、人にぶつけたりでいいかっていうと、それは別の問題。どうコントロールするか、どうコントロールしようと考えるかは、理性であり、知性なんじゃないかと思うのです。そういう意味で、佐藤さんは、とてもたいへんな状況の中で、いろんな感情をコントロールすることで生き抜いてきたんだな、っていうことがわかります。あたしは、そんなに国際的な交渉とか、外交とか、勾留とかないけど。

 人は、あるがままーの感情をだだ流しているだけじゃだめだろうと思うのです。あるがままーって言っているのは、それがラクだったり、それが、実はしたいことの言い訳だったりするんじゃないかと思うことも多いので、そういう言葉、あたしは使わないです。

 そして、この方の言うことでとても納得するのは、飾らない自分とか素のままでの自分っていうのは、自分の軸、大きくは国や民族、身近なところでは故郷や家族、信条、哲学、どんなに回りが動いても動かない自分の軸をちゃんともっていてからこそ、自分の素があるのだと。それがなければ、ただ、いい加減にその時々の感情(ともいえないけど)に流されてるだけの素なんて、ありのままでも、素でも、飾らない自分でもない、というのです。うん、納得。

 

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