寝たきり婆あ猛語録/寝たきり婆あ起き上がる
門野晴子さん、お子さんが義務教育世代には、体罰や管理教育にNOを言い続けた方っていう認識だったんだけど、その後離婚、元夫さんの父親(つまり舅)を引き受ける(なぜか向こうから寄ってくる)ことになったこと、その後、実母(これが婆あなんだけど)の自宅介護、なんていう人生、思いもかけない展開になってきている次第を読んだのが、前著。表現は荒いし、口は悪いけど、この人が、夫、家、嫁としての役割、子供を大切に思う気持ちなんかについて、ものすごく一生懸命苦しんできたのがわかって、そして、もがいてもがいてきたのがわかって、興味深い本だったなあ、という感想を持っていました。子供(男女各1人)も成長して、それぞれが自分の道をみつけようともがいているのを、心配し、とても気になるけど、必死で突き放していこうとしている姿も、正直だった。
*この本、テレビドラマの原作かなんかになったのかな?後の本では、それらしいコメントが出てくる。テレビ情報は疎いんだけど、なんだか、近所に知られるようになったらしい。
その続編らしきものが「~起き上がる」みたい。自分は介護や教育の文章を書いたり、講演をしたりという仕事をやっている。実母を引き取って一緒に暮らしている。娘は介護の仕事をやっていたがアメリカに留学して、オトコができてしまう。息子は、保育士で、同僚と結婚して孫も生まれている。二重保育をしていた関係で、準家族になってとてもかわいがっている少年も居る。そんな暮らしのあれこれ、自分の母親との葛藤、それも相手がすでに年取ってしまって、それをなんとか昇華しなければならない状況。娘のオトコは、今度は本気に見えるので、辛い。いろんなことがあります。本人還暦くらい、母親は80代後半、あたしより、少し先を行く人だけど、実母との葛藤、成長していく子供、子供が自分の人生を見つけていくことに対する喜びと、寂しさ。なんていうか沖藤典子さんの、がらっぱち版っていう感じで楽しいです。
私ね、「実の親なら、なんでもいい合えるから結局はうまくいく」というチマタのフレーズ、全然あてはまらないのですよ。実の親だから、しょうがないから許すっていうこともあると思うけど、私自身、なんでもなんて、絶対に言いませんね。10%も言いませんね。きっと相手もそうだと思う。言っても仕方がないこと、言ってもどうにもならないことがいっぱいあって、なんでもなんて言いません。大切なことは何ひとつ言わないですね。(相手もわかってます。いつだか、私のオットに「娘は、大切なことは何一つ私たちに言いません。全部自分で決めて、自分で背負うつもりでいます。だから、あなたが支えてやってください、お願いします」と頼んでいたので、あーわかってるんだなあ、と思いました。オットが支えてるかというと、また別の問題だけどね。親には、16歳から何一つ、大切なことは言わないできましたからね)。こんな人間なんだから、実両親となら、うまくいくというようなおためごかしは安易だなあ、って思います。かえって、義理の関係だったら、お互い、どうせ義理なんだから、と踏み込まないで居る距離を保てるってこともあると思うのです。私と義父の関係は、まったくそうです。お互い、まったく趣味趣向の異なる大人としての最大の距離をとってますものね。親だから(向こうから言えば娘だから)っていう気持ちがある、ということは事実だと思うけどね。そういう葛藤をいっぱい持っている門野さん、それも正直で、それも少しだけ小出しにして(実母さんの方もね)、小競り合いしている。偉いなあ、ちゃんと付き合えて、って思うと同時に、ユーモラスなこともいっぱいあって、笑えます。娘さんもとってもいいです。
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