
まついさんは、「笑う出産」で売れたイラストレーター?漫画家?さんですよね。こっちの方はよく知らないけど。いやはや、偶然手に取った本なんですけど、とてもよかったです。読んでよかった。そして、エラいぞ!まつきさん!!って思います。
たとえば、女性で、「男は稼いでナンボでしょ!!」「妻子を食べさせてナンボでしょ!そうでなければ価値はないでしょ!」みたいな議論を正々堂々とされることがあります。もちろん、個人が、自分のオットなり、コイビトなり、愛人なりに対して、「私は食べさせてくれるヒトじゃないと、お付き合いしたくないわ」というのであれば、そういう趣味志向なのね、って思うだけですが、それが「真実」あるいは「一般論として当然!!」「オトコは全部そうあるべき!!」というように言われると、はああ!?!?って、私、生物としては女性ですけど思います。
だって、もし、私が男だったら(意図したわけでも、なーんでもなく偶然、女性だったのに過ぎないから)、男というだけで、それを絶対的なこと!って言われたら、重たいですよね。そういう女性を選ぶかどうかじゃなくって、男だったら、どうやっても逃れられないことだとしたら、え?!なんで!?って思います。それに、そういう女性だって、「男も家事、育児をすべき」とか平気で言うんですよ。男だったら、「じゃあ、てめーは何するんだよ!!!」って食ってかかりたいです。都合のいいことばっかり言うんじゃねーーーー!!(って女ですから、都合がいいことに黙ってますが)
そして、ずるいことに、それが「愛」の証だとか言うわけです。愛っていうのは、相手を大切に思う気持そのものだと思うんだけど、「愛」しているから、なんちゃらかんちゃらって続くと、ほーんとにやっかい。どうして、そこに順接の接続詞があるわけ?みたいな内容が続いてくる。愛しているから言うのよ、愛しているから心配するのよ、愛しているからほっとけないのよ、愛しているから一緒に居よう、愛しているから幸せにして、愛しているから食べさせて、愛しているから○○しないで、もうなんでもありですよ。あーーーー!!めんど!!
まついさんのオットさんは結婚して8年間、カメラマンなんですけど、たぶん全然生活費を入れたり、子供の費用を払ったりしてないわけです。それをもちろん、彼女はとても気にしているのですが、気にしているという自分をちゃんと考えてみると、「人間という唯一無二の、かけがいのない存在」に対して。「お金」というこの世のとても便利な代替可能な価値基準に置き換えていること、に気がつくわけです。お金が全然なければ、子供とともに生きて行かれないんですけど、なんとか生きていかれる程度には自分が稼げてる。それなのに、大切で大好きで結婚した相手の、その人だけの価値を、通俗的で代替可能な貨幣価値に置き換える必要がどこにあるのか?うーむ、確かにそうだわな。
自分がこの人と一緒に生きようと思ったのは、この人のことが大好きで、(決して食べさせてくれるからじゃなくって)、この人だけの価値を見出したからだよね。それを忘れて、「稼いでこないなら、価値がない!」っていうのは変だ、というのです。うん。うん。お金が全くなければ別だけど、暮らして行かれるならいいかなって。じゃあ、家事育児を全部やってくれ、っていうのも、え?家事とか育児とか、大切な子供のことをお金と交換している?って思っちゃうわけです。いや、全部しょいきれないから、一緒に快適に生きていくにはシェアしようはわかるけど、アタシ、稼いでいるんだから、あんた家事やってよね、っていうのはお金VS家事っていうバーターに過ぎない。大切な子供との時間をお金で売り渡しているような気になるわけです。うーむ。なんだか、イタッって思いながら、妙に納得。
まあ、お姑さんとのこと、実家とのこと、あれやこれやあるんですけど、いや、まついさん、エラい、そしてとってもステキです。
前述の「妻子を食べさせてナンボでしょ!そうでなければ価値はないでしょ!」という女性につきつけてやりたくなりました。そして、私も反省しました。私の価値は、そしてヒトの価値は稼ぎ高じゃあありませんね。そして、ともに暮らし、ともに快適に、ハッピィに暮らせること(それにはある程度の経済的なものはもちろん必要だということはわかっています)、ともに生きたいから、一緒に生きることを選択したはずなのに、あれ?いつのまにか巧妙に入れ替えてませんか?もう一度、何が大切な価値だったのか、確認しましょう。一緒に生きていくための、快適さとハッピィさのために、家事も生活もあるんです。よって、稼いでいるから家事しなくてもいいわけでも、逆でもありません。稼いでるから人間の価値があるわけでも、稼いでないから価値がないわけでもないわけです。もちろん、必要な経済的基盤を構築してハッピィに暮らそうということは重要だし、ある程度の家事や育児をしなければ、快適な生活(それは人それぞれレベル感の違いはあれども)は送れないということは重々承知の上で言ってます。でも、それは必要なものであって、お互いのハッピィな生活のために必要なインフラと環境の整備なんですよね。インフラがすべてじゃないわけです。インフラはあくまでもインフラ、その上に人間の価値も、存在も、幸せも、そしてたぶん愛もあるんですよね。
うん、うん、まついさん、ありがとうの1冊。
最近のコメント