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2009年6月30日 (火)

あんずのシロップ漬け

 あんずって大好き!お友達のMちゃん宅ではあんずがなるというのでうらやましくってしょうがない。我が家の猫の額も驚くような庭にあんずを植えたいと本気で思うわ。

 あんず、私が加入している生協でも年に1週だけ、あんずの配送があります。時期が短いんだよね。見落とさなければ必ず買います。もう1回くらい、お散歩途中の八百屋さんで出会うことができればラッキー、年に1~2回があんずとめぐり合えるチャンスです。あんずジャムは1瓶作りたい。もうひとつ、作りたいのがシロップ漬け。シロップたって、つまりは濃い砂糖水なんだけど、半割りにして種をとったあんずにこのシロップを注いで置いておくだけ。砂糖水に誘われてあんずのエキスがでて、香りのいいシロップ漬けになります。これは、もちろんそのまま食べてもいいけど、我が家では、季節柄、バニラアイスに実の部分も、そしてこのあんず味のシロップをたっぷりかけて食べます。あんずの爽やかな酸味と、バニラアイスの冷たさ甘さがとーっても合います。200906292140000

 うしし…とシロップ漬けを作り、バニラアイスを買ってこなきゃなああ、って思います。まあ、ささやかな抵抗で、ラクトアイスにしておこうか、程度のことは考えますが、まあ、カロリーは十分!

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大きな約束 続

大きな約束 続

 シーナさんの「大きな約束」は、たしかここでご紹介。2009年4月19日ね。

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-ac1e.html

これは、2巻にわけることになっちゃった、その後半。相変わらずあちこちに行き、ビールばっかり飲んでいるシーナさんだけど、最近はベジタリアン風に野菜ばっかり食べるようになってるようです。

 2人のお子さんがアメリカの西と東で暮らし、ご自身は奥様と都心(笹塚ですね)に暮らしていらっしゃる。時々、SFの風太君という孫から「じいじい」と電話がかかってくる。「ハナクソはどうしてあるの?」(笑)

 家族の形が、岳物語の時から、変わってきている様子、岳物語の後の息子さんとの葛藤、(彼は19歳で渡米して、そのまま15年アメリカ在住です)、そのムスコさんが家族と日本に帰ってくることになる。

 人間ドッグに行くのをいやがるシーナさんに「元気じゃなくちゃ、風太くんと海ちゃん(風太君の妹の赤ちゃん)のいいじいじになれないわよ!」とガツーンと奥様に言われ、ドッグに行く覚悟を固めるおじいちゃんのシーナさんの姿がここにあります。

 これまでいろんなところで出てきた彼のお友達も、家族を病気でなくした人、定年で仕事を辞めた人、ご自身が病気になった人、なくなった人、いろんな人がいる年代です。生きていること、生き続けること、それがともかく、家族への「大きな約束」なんだと自覚する還暦すぎたシーナさんです。

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2009年6月29日 (月)

なんでも野菜のオイル蒸し

 有元さんらしい料理だなあ、とつくづく思うんだけど、なんだか便利で時々やる、野菜室がすごく片付く野菜のおかずです。

 難しいことはなーにもない。お鍋(でかいもの、あたしはルクルーゼのでか鍋を使用)に、オリーブオイルを入れて、にんにくを入れて、あとは緑の野菜をなーんでも、かーんでもガンガン入れます。キャベツとズッキーはあるとおいしい、白菜でも、カブの葉っぱでも、大根の葉っぱでも、小松菜でも、なーんでもいい。春菊も、みつばも、おいしい。香りの強い野菜があるとおいしいので、私は春菊とかミツバとか、クレソンの余りとか、ともかく、量なんてどうでもいい、ガンガンガンガン、緑のものを入れます。(きゅうりは入れたことがない)、緑じゃないものも入れてもOK、有元さんは、緑にこだわってたけどね。じゃがいもまではOK、にんじんも大丈夫、ブロッコリーの茎とか、カリフラワーもOK,野菜ならたいがいOK.しっぽでも余りでもOK。200905061159000

 オリーブオイルで軽くいためる形にして、あとは塩と、タイムがあればタイム。蓋がしまらないくらいつっこんで、ギューーーって押し付けて、弱火で蒸し煮。これだけ。なーんの味もつけない。

 食べるときに、野菜のいろんな味とだしがすごおーくする。他のおかずの味が薄くて、物足りなかったら、おいしい塩をちょっとふる。おかずがこってりしてたら、そのままで大丈夫。驚くほど、野菜がいっぱい食べられて、野菜の味って、おいしいなあ、野菜って野菜のだしって、こーんなにするんだなあ、と思う、野菜だけの料理ともいえない、ごった蒸し煮。なんだか、いっぱいビタミン、お腹の調子がよくなります。すっきり!

*ちなみに、たった一切れのトマトでもマヨネーズとかドレッシングをつけたがるオットは、この料理は「なんだか、味がない」といいます。岩塩をかけてますね。野菜にドレッシング?なくても全然大丈夫な私とムスコは、「野菜の味がするじゃん!」とパクパク。育ちって大切ね、味のわからんやつめ、といつも言ってます。

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真珠夫人(下)

真珠夫人 下 / 中島丈博/著

 いやはや、たいした本じゃない、読むほどじゃないとわかっているのだけど、やっぱりちょっと気になって下巻も読んじゃいましたよ。わはは・・

 こうきたか、というスピーディな展開、ドラマになりそうな突拍子もない転身、だって、女が居るらしい夫への復讐にいきなり吉原だよ、普通はそうならないでしょ。その上、自分の変わりに、なんだか若い純真な子を、想う男に差し出すような、こともあって、ドロドロっていうか、もうおやじの女性に対する清潔感そのまま出てて、なんだ!こりゃ!状態になっちゃってるんだよね。

 だいたい、純潔(ってつまり処女ってことだと想うけど)に、それほどの価値があるか!?で、それだけが価値か?くだらねー、その価値を見出すヤツについて、男はどうでもいいと思っているのも腹がたつ。なんだよ、それ。

 その上、なんで女性もその価値感にどーーっぷりつかって(つまり自分の価値を男目線で図っている)、嘆いたり、誇りに思ったり、アホじゃん。とどんどん腹立たしくなってきた。下巻でした。あーあー!怒るなら読むなよ、ですね。

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2009年6月28日 (日)

グーグーだって猫である

グーグーだって猫である

 犬と猫の本や映画は、どーんな美人女優さんが出てきても、犬猫の方がかわいくって、女優さんをくってしまう、と思っています。そこで、出てきたのが小泉今日子さん。美人女優さんじゃないけど、不思議な魅力があって、食われてませんねえ。すごいわ。

 だいたい40歳くらい?すぎてる?くらいなのに、なんだか年齢不詳で、ちゃんと疲れもあって、病気にもなるんですけど、かわいらしいですね。個人の好みとしては、もうちょっとしゃべり方をくっきりさせたほうがいいけど(なんだか、セリフ回しがかわいくって、それはちょっといただけない)。大人の女のしゃべり方をしてほしいぞ。

 吉祥寺という比較的身近な町もいい。ただ、なんていうか、男優さんはつまらない気がします。まあ、どうでもいい設定ということで、無視。

 猫と吉祥寺を楽しむ映画。猫かわいい。あーいいなあ。

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錦 / 宮尾登美子/著

宮尾登美子さんの集大成とかいう最新の一生物なんだけど、めずらしく(初?)男の一生物です。布物の商いを始めた男が、古い錦織りに魅せられた、その再現のために一生を捧げていく男の一生物なんです。ある意味、古い陶器に魅せられた乃南アサさんの「火のみち」に似ています。

 

 うーん、私、宮尾さんの女の一生物、戦争とか運命とかに翻弄されながらも、自分で迷いながら、何かを貫こうとする女の一生物、好きなんですよ。平凡な私の一生では味合えない、いろんな別の人生をいくつも疑似体験できる気がしてな。でもね、性別を越えても、やっぱり男の一生物の書き方は、悪いけど、うまくない。女性の迷いとか、決心とか、そういうものが、タイプや中身が変わっても、きっと男性にもあるはずだろうけど、それが描けてない(悩みは、愛人を囲うことくらいだったりする)。想像がつかないのかな!そんなところが不満です。すいません、大御所に向かって。 

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2009年6月27日 (土)

マイ梅ノ木 ことしは豊作

 えーと、マイ梅ノ木から梅をもらって梅酒、梅ジャム、梅シロップを仕込んだことをたしか先週書きました。ここね。

 http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-518f.html

マイ梅の木といっても、我が家の庭にあるわけじゃなく、あるお知り合いのご高齢の女性の大きなお屋敷の脇にある梅の木です。彼女がちょうど、パンを買いに行ってお宅に戻るときに梅の木を見上げてた私と会って、「梅お使いになりませんか?」と声をかけてくれたのが始まりです。聞けば60年もの古木で、彼女もさんざん梅仕事をなさったけど、もう梅酒も飲む人もいないし、実を取るのもたいへんだから放ってあると。それじゃあ、ということで収穫して一部をいただき、彼女が少しだけ梅ジャムにして食べるという分はお渡しするということをやっています。パンがお好きらしいので、お礼に、何度か手作りパンをお届けしたり。そんな、関係の方の梅の木です。ちっともマイではありませんね。

「いつでも、私が居なくても獲っていってね」と言われている梅の木。今年は、とても「なりどし」らしく、先週のお礼に朝からパンを焼いてお届けしたところ、まだまだたくさん落ちてくるのよ~と収穫&おすそ分けをいただいてしまいました。完熟の梅が4キロ弱!!ひゃーーーいい匂い!!200906201113000

 ちょうど、できあがった梅シロップをペットボトルに移して、再度、梅シロップを仕込みました。あとは出番を待って、冷凍庫へ。60年の間、彼女と生きてきた古木がたくさんの実をつけて、黄色く熟れています。私はたくさんは要らないの、とほんの少しの梅ジャム分しか取らない彼女。パンを持っていくと、喜んでくださいます。我が家はたーっぷりの梅シロップができ、生協のただの炭酸水、で割っていただいております。いつもありがとうございます!!

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真珠夫人(上)

真珠夫人 上 / 中島丈博/著

 菊池寛さんの元祖じゃあありません。

 地方の空港で、帰りの本が残り少なくなったのでとりあえず買ったんです。それが、あとで見たら、ヒットした昼ドラマの原作(?あるいはノベライズ版)だったようで、まあ、すごいドロドロしたドラマなんですよ。ほーんと笑えるくらい。

 没落した華族のお嬢様、絵に書いたような美人で教養があってというタイプ、それが御曹司さまと大恋愛、でもケッコンできなくなって、女郎屋あがりの27も年の違う成金おやじに嫁ぐことになる。という典型的な悲恋から始まります。まあ、純潔とか、恋愛とか、身分とか、お金とか、世の中にそういえば、こういうドロドロしたものあるんだなあ、という観念的なドロドロがいっぱい詰まっているわけです。これが人気っていうのは、ないものを求めているんでしょうかねえ。だって、「必ず綺麗な体で戻ってきます」とかいうセリフって、死語だよね。なんだよ、綺麗な体って!?風呂入れよ、の世界じゃないのかねえ。

 でもね、アタシもしっかりおばさん、結構、はまって読んでしまいました。うふふ…だって、アタシの50年にもうすぐ(いや、すぐとは言いたくないが)届こうという人生で、遭遇したことのないセリフがいっぱいあるんだもん!!

 「アタクシだけを愛していただきたいの!!」とか

 「アタクシはあなただけのもの!たとえ、何があっても心はアナタのもの!」とかね

であったことないんだもん、こういうセリフ!前述の「綺麗な体」もだけど。いやはや、笑っちゃいます。

 そして、ただの悲恋で終わりそうがないのが、そのお嬢様の変身。上巻は、どうもハンパなところで終わります。さてさて、下巻を読むべきか。こんな本を本屋さんで買うべきか(地方の空港で他にないから買ったのだから)。ちょっと考えるけど、この展開、どうなるか見てみたい気もする…

 そして感心するのは作者の中島さん、調べたら1935年うまれ、すでに70歳を越えていらっしゃるのよね、それで、このしつこいドロドロ劇書いてるんだもん、すごいなあ。アタシ、すっかり枯れてますもん。

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2009年6月26日 (金)

ヒレ肉のなんとか風

 うちのオット、やっぱりオオゼキが好きなようで、相変わらず時々、ビニールに緑字の袋を提げて遅くに帰宅します。なんでかなあ、帰り道とは、反対方向なんだけどな。まあ、家までの間に飲み屋さんにひっかかるわけじゃなく、せいぜいがオオゼキとビデオ屋さん(本屋さんはなくなっちゃった)くらいなもので、おやじっぽくないおやじとも言える。

 いつもは、自分の食べたい果物か、ツマのご機嫌とりのお菓子くらいなんだけど、少し前に、何を思ったかヒレ肉を一本買ってきた。はあ!?

 仕方がないので、厚めのヒレカツにしたら、おいしい、おいしいと喜び、(ただのトンカツだぜ)大満足。ものすごく単純なので、またヒレ肉を買ってきた。あのねー、そういっつもトンカツ食べたくないよ(いや、あたしが。本人は食べたいから買ってきたんだろうけど)。ヒレ肉買ってきたら、ヒレカツが食える、って思ってるのかい??(思ったから買ってきたんだろうね)

 あたし、カツ類、嫌いじゃないけど、続けて食べたくないですわ、ということで、全然違ったものにしちゃいました。

 ずーーっと前、有元葉子さんの何かで見て、ほおお、おいしそうだなあ、と思っただけで、すっかりレシピ内容なんて忘れてます。覚えているのは、ハーブ類と塩をして、ヒレ肉を伸ばして、ソテーしてクリーム味、というまあ、30文字分くらい(記憶はこのくらいがせいぜいだ)、この30文字分の記憶を元に、適当にアレンジ。

ヒレ肉をカットして、ローズマリー、タイム、セイジ、パセリなど適当なハーブ類をふって、塩をして、ちょっとたたいで薄く伸ばします(火が通りにくそうだからね)、それに小麦粉を振って、ソテーします。ソテーするときにタマネギとか、きのこ類とか、冷蔵庫にあったズッキーニとか、まあ、適当にお友達になれそうな野菜も投入。あとはクリーム味をつけるだけです。元のお料理の記憶が定かでないので、こんなんだったか、全然違うのかわかりませんが、ハーブの香りのおいしい、洋風ソテーになりました。200905032053000

 ハーブ類と塩をして、叩いて薄くする(ここまで7分かな)ところまでで、ラップしておけば、冷蔵庫に1-2日は大丈夫だし、あとは、帰宅後。野菜と一緒にフライパンにつっこんでしまえるという手間なしおかずの割りには、豪華(?)洋風献立になります。

ヒレカツが食べたい男は、あれ?あてがはずれた気分でしょうが、あたしは大満足。こういうのをサフランライス添えたりすれば、なんだかおしゃれどアップするんでしょうけど、普通にお茶碗に白いご飯っていうのがまあ、ウチ飯だよね。セーネンは、ご飯をお皿に乗せて、食べてました。それも旨い。

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光

 三浦しをんさんが、こんな怖い本を書くなんて。

 美浜島という東京都に属するある島で、津波のため、数人を除くすべての島民がなくなるという悲惨なことが起こったことから物語がはじまります。そこで生き残った、数人というのが、この物語をずーっとひっぱっていきます。

 ある父と子、燈台守、男女の中学生、取材に来ていた大人の男性、それだけです。かれらの秘密と、それを背負った人生。なんだか三浦さんの小説とは思えない気分です。

 嫌うことよりも、憎むことよりも、無関心でいることが一番辛いのが、人間関係なんだなあ、とつくづく思う。嫌うときは、ちゃんと嫌おう、憎もう、ちゃんとののしろう、と思う。なんだか、怖かった本です。

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2009年6月25日 (木)

ちびきゅーとベビーコーンのピクルス

 この時期、とうもろこしのまだ成長前みたいな、ベビーコーンっていうのが、一山200円!!くらいで売ってます。あれって、とうもろこしの間引きなんだろうか?以前は、中華屋さんか缶詰かでしか見ることがなかった、ベビーコーンの生、好きで、ついつい買っちゃいます。

 でも、せっせと剥くと、小さな小さなコーンが出てくるわけですが、ゴミが食べる量の8倍くらい発生するんだよね。炒め物にももちろん、サラダなんかにも使って、すぐなくなっちゃいます。この季節だけだからなあ、とやっぱりこの季節だけのちびきゅー(これまた、きゅうりの間引きなんだろうか?)と一緒にピクスルにしました。なんだか、チビたちのピクルス。作ってみたら、なーんか地味でにんじん(まあ、凝ればこれもチビにんじんっていうのがあるわな)も入れたら、色が綺麗でチビトリオピクルスになったかな。200906140022000

 きゅうりのぱしぱしと、ちょっと食感が違うベビーコーンのチビコンビのピクスル。この季節だけのお楽しみ!

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夕映え天使

夕映え天使

 浅田次郎さんの、新しい短編集です。彼のこの手の短編集は、有名なのは「鉄道員(ぽっぽや)」みたいなヤツで、結構、ドドド演歌みたいのが多くって、シゲマツさんよりさらに、ドがつく演歌っぽい、泣かせるネタっていう印象がありますので、そういうのかなあ、と思って読み始めました。

 やっぱり浅田さんですから、いきなり、ヒップホップというわけにはいかないのですが、ずいぶんド演歌ぶりが、こなれてきて、なんていうか、すこし臭さが減って、スマートになってきたなあ、という印象です。

 彼の加齢によるものなのか、短編の題材が、すこし定年とか、老齢になる頃のネタになってきているのか(いや、鉄道員だって、定年の話だったよねえ、じゃあ、そういう問題じゃないかも)、なんていうか、ド演歌ブリが、すこしスマート化しています。意識していらっしゃるか、どうかわかりませんが。

 その分、なんだか、味が薄くなったような気もしないでもない。あっさり味でも、ダシが利いている、っていうのでもないなあ。残念。

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2009年6月24日 (水)

最後のピール

 あったかくなってきたし(と言い訳しつつ)、ドテーーーパン(6月16日のブログ見てね)が、好評で、早寝のあたしが寝ても、どちらかのオトコがさくさくとやってくれるのでドテーーーパンばかりの日々です。

*まだパンを発酵している時間くらい(たいがい11時から11時半頃)に、「ベッドで本読むから、オーブンが鳴ったら出して、焼いておいてね」とタイマー(でないと、オーブンの音に気づかない)をもって、セーネンの部屋に行き、机にドンとタイマーを置いて去ります。「はいはい、読書っていう名の睡眠ね、おやすみなさい」といわれて、たいがい電気つけっぱなしで寝ているのが私です。子供が夜更かしになると、こんな風に使えます。本人、すっかり忘れて、朝パンがむなしくオーブンの中でしぼんでいたことも、実はあるんですけど。

 レーズン(安売りしていると必ず買う)や、ピールを入れたドテーーパンが好評で、スライスして食べております。一度、作ったピール、すっかりなくなっちゃったので、両親の別宅の家庭菜園でほっぽりっぱなしの夏みかん、すっぱくて、サルさえ食べない小ぶりのもの、すっぱいけど、無農薬は完全無農薬。この皮で最後のピールを作りました。なんだか、ほっておいたので、お肌があんまり綺麗じゃなくって、シワシワだったりシミがあったり(あ、あたしみたい)なんだけど、いいのだ、農薬は入ってないのだ!

 実は、私、お正月から右ひじを痛めていて完治しておらず、皮をそぐとかこまかくカットするとかしたくないので、「腕が痛いからヤダ」と宣言したところ、ピール入りドテーーパンを評価する2人が、なんとか協力して皮をそいで、カットするまではやっていました。あとは、鍋で煮こぼして(この、煮こぼすという作業も、鍋を持ち上げるので外注、腕が痛いんだもん)、砂糖煮にするだけ。相変わらず、砂糖の少ない、保存のよくない、でも、ミカンの香りと苦味のある自家製ピールがいっぱいできました、これで、この夏、ピール(またはレーズン入り)ドテーーパンで乗り切ろう!

200905010720000

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闇の子供たち

闇の子供たち

 映画にもなった、タイの子供の売春や臓器売買の話。映画も見てないけど、あれこれ話題になったので、どういうストーリーかは一応知っていました。読むの辛そうだなあ、しんどそうだなあ、と避けていたんですが、ついに覚悟を決めて手に取りました。

 ルポみたいなものなのかな、と思っていたら、小説になっていて、タイの田舎から子供が売られて幼児売春や臓器売買の犠牲者になっているというストーリーです。ひゃーーー!!そのグロテスクな描写にくじけそうになりますが、小説仕立てになっているので、なんとか読みました。

 資本主義が人間の欲望を金銭に変えていく徹底した仕組みであることは、それはその仕組みの根本的な原則だと思っています。それに対して、人間は、いくつかのタブーとルールを作り、人間の存在を守ろうとしているわけです。

 たとえば、極端なことを言うと、クローン人間の問題とかね。牛はいいの?人間はだめなの?っていうのは、「人間の側」からの勝手なルールです。人間が作っているんですから。だから、牛のレバーは当然取引されているのに、人間の肝臓は?っていうのも、人間の側からのルールなわけです。じゃあ、大人の売春は合法な国もあるのに(違法な国もありますが、でも、存在しない国はないでしょう)、子供はダメなの?何歳だとダメなの?というのも、人間の決めたルールです。ルールは統一されていないし、抜け道を探して、たくさんのお金が動いていく。売春、臓器販売に限らず、なんでもそうです。そして、それが、経済格差という中で、動いていく。経済的には、ごく当たり前で、ごく当然の動きです。

 じゃあ、それを、人間がその「尊厳」とか「子供を守る」(大人は守らないでいいのか?という論理は置いておく)ということで、どこまで人類のルールにしていくことができるか。私、それって、実は不可能だと思っているのです。崇高な正しいルール作っても、徹底するわけはないと思っているのです。一番のクスリは経済ではないかと。そんなことしないで、生活できようにならなければ、絶対になくならないと、思っております。なんといっても経済合理性が基本だろうと思っております。

 中に、志が高いボランティアの人が出てきます。確かに正しい、監視を続けることで救える子供も居ると思うし、組織が動きにくくなって、辞めさせたい動きがしにくくなることもあると思います。でも、根本的にそれじゃあ、変わらないというのが、ワタシの気持ちです。また、監視や、ルールをかいくぐる様々な巧妙な方策が取られるだけだと思うのです。それによって1人でも2人でも救えるということはわかります。それが無意味だとは思わないけど、それだけじゃ、変わらない、ルールと、その徹底だけでは変わらないだろうと思うのが、私の基本的な考え方です。

 ワタシが、タイの貧困家庭に生まれなかったのは、たまたまの偶然です。そして、今度うまれるときは、売られる子供かもしれない。誰にでも起こりうることという認識と、それをどうすることができるのか、ということをいつも思います。

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2009年6月23日 (火)

長いものオイスターソース炒め

 このブログにも時々遊びにきてくださるお友達のYちゃん、食品関連業界にお勤めで、料理はほとんどプロの方です。(って、あたし、食べたことないけど)。彼女のおうちのご飯のブログ、更新は大変不定期ながら(どばーーっと更新されたり、ずーーっとされなかったり)、楽しみにしています。残念ながら諸事情によりPWがかかっているので、ご紹介できないんですけど。

 その中から、私でもできそうな、工程1個だけの超簡単料理は、しばしばやってみてます。ちょっとでも、面倒そうなのは(きっと、彼女は面倒?って言われるのは心外だろうけど)見るだけのアタシ。超簡単で、最近のヒットは、これ。200904292111000

 長いもを炒めるだけで、といっても長いも君なので、フライパンでじーっとさせておくので、たいして混ぜたり、あおったりしなくていい。少し透き通ってきたくらいで、ガラ味(これはお好みで)、私はおいしい塩ちょっと、それにオイスタソースを入れて、ざざざーーーって炒めるだけ。長いもって、なんだか、ほーーっくりするような、シャキシャキするような歯ざわりで不思議なおいしさ。この一品、どこかおいしくって、きれーーいになくなります。なんだか不思議なおかず。

この長いも、オイスターソースのコンビって、もちろんこの2つだけでもいいんですけど、ちょっとお魚が小さいかなあ、なんていう日には、豚バラ@冷凍(生協の愛用品、たいがい冷蔵庫にある)と一緒に、短冊にカットした長いも(こいつ皮剥きやすいし、カットしやすいので、すごくお手軽)でやってもボリュームが出るおかずになります。便利、便利。青い野菜が食べたかったら、小松菜と短冊長いも(両方細長くして)の組合せも便利。というわけで、いろんな展開が可能で、シャキシャキしてておいしい便利コンビです。Yちゃんありがとう!いろいろ展開して使わせてもらってます!

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私は若者が嫌いだ

私は若者が嫌いだ!

 精神科医として、多くの若者の症例を見てきて、若者の代弁者みたいに言われてきた(と、本人がおっしゃっております、アタシは知りませんでしたが)香山さんが、もう「嫌いだあ!」と言ってしまうという本です。

嫌いな若者10か条っていうのがあって

1)    すぐ音を上げて逃げる若者

2)    居場所がないと、さまよいすぎる若者

3)    「キレた」「おちた」「真っ白になった」といえば許されると思う若者

4)    大人を信頼すぎる若者

5)    大人に甘えすぎる若者

6)    学力がない、知識がないのに開き直っている若者

7)    自信がありすぎたり、なさすぎたりする若者

8)    自分のことしか考えられない若者

9)    他人に厳しすぎる若者

10)               簡単に傷つきすぎる若者

 とあります。私は、若者との接点って、さほどなくって、うちに住んでいるセーネン一人と、あと仕事場で、私についてくれる若者(20代最後くらいから、30代後半くらいまで)くらいしか、具体的に若者と接しません。全般的な若者じゃなくって、うちの会社に入ってくる、ごく特殊な、なんだか高学歴(なだけ?)の若者を見ていても、思い当たることがいっぱいあって、お局研究員としては、なんでこれきしのことで、そうなる!?みたいなことが日々いっぱいあります。ただねえ、なんだか、よわっちいなあ、と思うことが多い一方、やけに生真面目で、適当に、流しておくことができなくって、いっぱいいっぱいになっちゃったり、融通がきかないなあ、なんてこともあったりで、日々、もっとちゃんと、でも、適当に、とま反対のことを思っている日々です。すでに、若者でもなく、若者の代弁者のつもりでもない私としては、香山さんが覚悟して「嫌いだああ!」ということに同感する気はないですけど、やっぱり、ちょっと、こういう人たちは、嫌いです。

 嫌いネタばかりの本じゃなくって、なーるほど、なんて思うこともあります。この人、キャッチーな書き方はうまいと思いますが、中身は、そこそこ、まあ、期待値低めに読む本かな。

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2009年6月22日 (月)

マンデラの名もなき看守

マンデラの名もなき看守

 ネルソン・マンデラの名前はあまりにも有名です。離島の牢獄に20年くらい、その後、民主化運動が激化したことで、本土内の牢獄で数年、合計27年だっけ(?)の牢獄生活の後、釈放されて、大統領になった人です。それだけ長い間収監されていて、新年を曲げず、黒人の指導者的立場を保ち、その上、人間的に非常に大きな人だったということ、ともかく驚くばかりです。そのマンデラを、「24」で初代黒人大統領デイビット役をやった俳優さんが演じます。

 この映画は、子供の時、近所の黒人の子供と遊んだため(一人っ子で遊ぶ友達が黒人しかいなかった)、コーサ語を理解できるということで、マンデラ担当になった看守、「黒人はテロリストだ」「マンデラ?死刑にすべきだ、収監しておくのは税金の無駄だ」と思っていた、バリバリの白人主義者。囚人の手紙(コーサ語)を読んで、政治活動の芽を摘み、密告するような仕事をします。しかし、マンデラを知ることで、彼らの主張をより知りたいと思い、彼らの人間としてのまっすぐな生き方を感じ、これまでの自分の考え、白人がやってきたことに疑問を持ち始めます。でも、そんな看守は「黒人びいき」として、白人仲間からはつまはじき。島の生活ができなくなります。

 その後、別れ別れになった2人が、民主化運動の激化、国際社会の圧力から、マンデラを島に幽閉しておくことができなくなって、本土内の刑務所で再び会うことになります。家族を思うマンデラの気持ち、自分の家族の事故死、自由と平等と平和を求める気持ち、自分たちが国を思う気持ちと同じことに気づき始めます。自分が、手紙を検閲して、密告したことで奪われた多くの命に対する悔恨に苦しむ彼に、マンデラが優しく声をかけてくれます。

 最後は、27年の牢獄生活を経て、マンデラが釈放されるところで終わります。南アフリカ共和国は、とても美しい資源豊かな国土を持っています。その国土を荒れさせ、人間同士がいがみ合い殺し合い、なんて愚かなことなんだろうと痛感します。

 アパルトヘイトの映画は、これまでの「遠い夜明け」(2006年2月17日)、「輝く夜明けに向かって」(2008年1月29日)など、ご紹介してます。これは、実話に基づく、地味な地味な映画ですが、人間の可能性を示していて、どこか救われます。

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タルト・タタンの夢

タルト・タタンの夢

  近藤史恵さんで、タイトルがお菓子。舞台が、街の超高級じゃないけど、おいしい料理を食べさせるビストロ、となると、ちょっと読んでみたいじゃん。なんかの雑誌の連載なんだけど、まず舞台がさほど高級っぽくないフレンチのレストラン、というよりビストロ@しかも商店街の中にある感じ、というアタシ好みで、一つ一つのエピゾードにおいしそうな料理の描写もあって、打ちのめされるとか、ガツーンとくるわけじゃないけど、単純に楽しめる連作短編集です。

 近藤さんは、モップ系のもそうだけど(ってさほど読んでない)、こういうタイプが多いのかしらね。ガッツーーン!!とくるものは書かないのかしらねえ。

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2009年6月21日 (日)

いわしのあげ漬け

 週末のお散歩ルートにある魚屋さん、私の顔を見ると、「いい鰯があるよ!!」って言ってくれます。いわし、アジなど庶民的なお魚が好きだということが知れ渡っている?顔にいわしって書いてある!?(まあ、お刺身なんかは、まだ朝なのでできてないわけですけど)

声をかけてもらって、小さいながらも9匹で500円、ううーーーやっぱり手が出ます。たしか先週もいつもの蒲焼をしたなあ、と思い出し、今週はあげ漬け風にすることにしました。

*いつもの蒲焼はこちら…2007年4月2日

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_6cb6.html

 検索したらイワシネタがいっぱいありました、アタシって安上がりな女…

いわしの身はとてもやわらかいので、私が3枚におろすと分解しちゃいます。やっぱり開きがせいぜいでしょう。軽く粉を振って、大目の油で焼くような揚げるような風にします。200904252130000

これをしょうゆと酢と唐辛子を入れて、あとは野菜をいっぱい入れた、しょうゆ味のマリネ液に入れておくだけです。野菜とタレの味がしみた頃がおいしいです。こういうのを一品作っておけば、あとは煮物や漬物、味噌汁なんかを誰か帰宅している人が出したり作ったりすれば、帰宅後、あっという間においしい夕食。こんな一品が今週の平日を助けてくれます。いわしはエラい!!

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果つる底なき

果つる底なき

 ぼちぼち読んでいる池井戸さんの本です。彼の初期の頃の作品です。やはり舞台は銀行。倒産しそうな会社の資金繰りを助けるか否かというときに、銀行が自分たちの保身を優先してある会社を潰しました。社長は自殺(ということになった)、社員はバラバラ、でも、数年後、技術者が別の会社に終結して、どうやらかなり急成長しているらしい、これって偶然?という話から始まります。

 池井戸さんは、何度も書いていますが、大手都市銀行に何年も勤務された後、最初は金融小説みたいのからスタートした方です。これは、江戸川乱歩賞だかをとったミステリーになっていますが、いわゆる金融企業小説(切った、張った、いや企業買収だとかM&Aだとかの話)一辺倒というよりは、その中の人間を描く方向に進んでいってます。私が評価しているのは、ドラマにもなった「空飛ぶタイヤ」、ある自動車整備工場のオヤジさんを主役として、もちろん取引先として銀行も出てくるし、タイヤの不備を隠そうとする大財閥グループの主力銀行も出てくるけど、なんていうか働く人(当然、仕事には金がつきものだが)の方に視点を移した小説を展開していってます。(たしか以前にご紹介済みです)

 今回は、初期の頃の作品で、手形の割引だとか保証だとか、まあ、金融界の話が多くなっているんだけど、そこに出てくるのは、あさましい保身と出世だけを汲々として追い求めるバンカーの姿です。私、現実世界で、たくさんの出世競争にしのぎを削る人を見てきたし、この年齢になると若い頃の上司なんかが、そろそろゴールになって、競争の順番による人生が見えてきているんですが、ずーっと見てきて、そしてやっぱりどうしても理解できない。なんだ?ありゃ?もちろん、仕事が評価されて、裁量が増えて、だからこそ得られる自由も、仕事の醍醐味もあることは、組織で働く人間としてよーくわかっている。それを得たいというのは、よーくわかる。でも、それは、肩書きと完全イコールじゃないんだよね。近い部分も重なっている部分もあるけど、完全一致は絶対にしていない。もっと、くだらない要素が肩書きにはいーっぱい詰っていて、その消耗が大きくって、実は真の目的が見えなくなる、真の目的を見失ってしまう人が多いという事例をいっぱい見てきてる。そして、出世競争の勝者が、人生の幸福を必ずしも得られない、というどころじゃなくって、実はそこには負の相関に近いものもあるかもしれないなあ、ということも。

 池井戸さんも、銀行で、いっぱいいろんな人を見たんだろうね、そして、自分が参戦できないことも痛感したのではないかしら。だから、こういう本を書く人になったのかな。なんだか、組織で働くってこと、そして偉くなろうとするということ、その人間味あふれる生態と愚かさの両方を突きつけられる。

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2009年6月20日 (土)

新ショウガ仕事

 この季節だけの新ショウガ、根しょうがなんだけど、なんだかピンクで皮も薄くって、初々しい感じの新ショウガ。これを見ると、新ショウガ仕事したいなあ、って思います。

 私の新ショウガ仕事は、2つだけ。甘酢漬けと、はちみつ漬け。どっちも、とーっても簡単です。

 まず、新ショウガの皮をこすこすとこすりとってしまいます。それを薄くスライスしておきます。私はスライサーでさっさかさーとスライスしてしまいます。根しょうがだと繊維がきついのですが、新人の初々しさで、やわらかいので、かんたーんに薄くなります。200906141153000

1)甘酢漬けの分は、ささーーと湯通しして(といっても、ものの1分か2分)、甘酢(酢と砂糖とちょっとの塩ね)を注ぐだけ。5分もかかりません。あら、不思議、見てる間に、どんどん、薄ピンクの綺麗な色になります。酢は偉大だあ!これって、お寿司の時、おいなりさんの時、お弁当のすみっこに、ちょっとおいしいです。この季節だけのお楽しみ。

2)はちみつ漬けはもーっと簡単。スライスした新ショウガにはちみつを注いでおくだけ。はちみつって、どろーっとして重たいでしょ。あれが、不思議に、しょうがエキス?で、さらーーっとなるのよね。そしたら、飲み頃。コップに入れて、炭酸(私は生協の「ただの炭酸水」@42円を愛用してます)で割ると、自家製ジンジャーエール!!うははああ!!ジム帰りに、この一杯はたまりません!すーーっきりします。おいしい!!氷を入れて冷やしてすっきりのお楽しみです。

 新ショウガはこの季節だけのお楽しみ!あわせて5分あれば完成なので、すぐできます。

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三月の招待状/どこから行っても遠い町

三月の招待状どこから行っても遠い町

 そこそこ名の知れた、なんとか賞とかもとったことがある最近の作家さんって、きっと、いろんな編集者さんとのお付き合いがあるんだろうな、って思うのです。いきなり、長編書き下ろしっていうのも、何本も並行してやれないだろうから、まずは小説誌みたいのに、連載していって、いずれは単行本にしましょう、みたいな営業もありと。で、どんなテーマ、どんなシチュエーションで?どういう連載?っていう議論になると思うの。

 「三月の招待状」は、学生時代の仲間で、結婚したカップルが10数年後に離婚することになって、離婚式というパーティをすることになるのがはじまり。その招待状が3月に来る。これをきっかけに、久しぶりに連絡をとって会った仲間の様々な変化、既婚者と独身者の恋愛、などごちゃごちゃが続きます。そもそも離婚式という風変わりなスタート、それぞれクセのある人たちとその思い出、現状が交錯しているんだけど、あー、こういうのって編集者と議論して出てきそうなネタだなあ、って思う。しかし、ちーーーっとも、おもしろくない。風変わりな30代後半の大人なはずの男女が、ガキっぽく、ごちゃごちゃごちゃごちゃしている。あたし、2/3、いや3/5で挫折しちゃいました。その後、面白くなったかどうかはわからないけど。

 「どこから行っても」は、短編が連続性があるようで、実は全然ない。普通の町のちょっとした魚屋さんの話、両親とおばあちゃんと子供と、お父さんの妹という家族の話、父子家庭の話、大恋愛もないし、不倫も明確にはわからないし、普通の人が、静かに生きている中で、それでも人の気持ちがいろいろざわつく様々なことが淡々と書かれているだけ。まあ、ある町という点が共通しているので、登場人物が一部だぶってたりするんだけど、基本的には一つ一つ別々の短編。風変わりを求めてもないし、それをカッコいいとも誰も思ってない。それでも、一つ一つの短編がしみじみする。楽しいし、情景が浮かぶような気分になる。これって、編集者さんが、川上さんの世界をよーく知ってないと、たぶんありきたりな議論の中では出てこない、発想できないだろうな、と思う。本としては、確実にこっちの方が成功していると私は思います。

 どっちを買おうか迷っている人が居たら、後者を絶対に進めます。前者は読み進まなくって、耐えて耐えて放棄したけど、後者は、終っちゃうのが惜しいので、チビチビチビチビ読みました。

 ね、たいへんだね、小説家って、そして、その世界を引き出すか、あるいはぶっ壊すかになる人も、ありがちな発想じゃだめだなあ。その人の世界をよーく、ふかーく知って、ふかーく大切に思わないとダメなんだな、と痛感する2冊。角田さんって、すごーく旨いなあ、って思うこともあるのに、とても残念でした。

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2009年6月19日 (金)

ブルーベリーとピールのマフィン

 自家製自己満足のピール、ケチケチ使ってるんだけど、あんまりケチると黴が生えてしまいます(糖分が少なめでカラカラにしてないから)。以前に、大事に大事に使っていたら、かびてしまって泣いたことがあるので、せっせと使います。今回は、冷凍のブルベリーとミックスでマフィンです。ブルーベリーの甘みと酸味、それにピールの大人の苦味がマッチしたマフィンになるだろうというもろく見だったのですが、200904251905000_2

 ブルベリー(これは、どかんと使う)、に比して、ピールが少なかったのか、ブルーベリーの味が勝ってしまって、ピールは、え?どこにいらっしゃるのかしら、なんていうくらになってしまって、よーーく探して味わうと、ピールがわかる程度でした。ぐすん!

 教訓)ピールを使うときは、ケチケチしないでどかんと使う

 です。ケチな私の性根がわかる、なんだかさびしいマフィンでした。ブルーベリーはいいんだけどね。

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月と菓子パン

月と菓子パン

 石田千さん、たぶん女性だと思うのですが、初めての方です。嵐山光三郎さん(だっけか?)の事務所で15-6年働いていた(事務所の庶務的業務として)方だそうですが、1968年生まれ、41歳か。21歳から16年となれば、37-8まで働いていらして、その後、独立?物書き?エッセイスト?になった方です。

 破天荒なところが全然なく、下町に住んで、1日3枚の原稿をきちんと書いて、豆腐屋さんで豆腐を買い、八百屋さんで野菜を買い、銭湯に行って、という生活を、事務所勤めの時も、そして自由業になっても続けていらっしゃる様子。その生活の中のなにげないエッセイです。嫌いじゃないです。

 アタシ自身が、破天荒な人生とは対極なところに居て、そういう地味な生活でも結構楽しんでいるからかもしれないけど、地味な生活のこういうほのぼの楽しそうな本って好きです。そうだよね、夜中に遊び回るとか、酔っ払った武勇伝がたくさんあるとか、二日酔いで何もできない日がどんなにあるか、ハチャメチャなことが何もないと、つまらないなんてことは全然ないんだよね、って思うのです。毎朝、決まった時間に起きて、ごくごく平凡な日常と楽しみの繰返しの生活でも、楽しみはいろいろあるんだよ、発見もいろいろあるんだよねえ、と共感します。そんな本です。アタシ、やっぱり枯れてますね。

 ただ一つ、石田さんは、お風呂掃除が嫌いで(共感!)、いつもタオルと石鹸を持ち歩いていて、散歩の時に銭湯に寄るそうです(笑)。そして、銭湯の後、ごくごく小さな地元の人ばっかりの庶民的なお店で飲むビールの一杯、という話。私も、もうちょっと飲めたら楽しいだろうなあ、と初めて思いました。そんな話ばかり、でも好きです。

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2009年6月18日 (木)

そらまめ大好き!

 あたし、ソラマメが大大大大大大好きです。もう、とーっても好き!いや、「うちのかーちゃんはそらまめで誘拐できる」と言われるくらい好き。「おいしいソラマメいっぱいあげるよ」なんて言われたら、どこでもついていきそう、なんでもしそうなくらい好きです。季節のソラマメ、大好き!

 最近、そらまめって、3月くらいから売ってますよね。あれは、だめ、味が全然違います。季節はずれの初物~♪っていって、高いの買ったけど、全然おいしくない。風味もない、よって、ダメです。

 この季節になって、ほんとに露地で実った、そらまめって、もう至福の味!

という大好きなソラマメ。ソラマメって、おいしいし、かわいいし、すごーーく素敵なんだけど、なんで、こんなにごみばっかり!?山ほど買っても、7-8割はごみじゃん。食べるところは、ほーんとに少ない。その上、食べると、証拠のカラが残るので、「食べすぎ!!」って言われるし。そのわりにはお高いって思いません?<ソラマメ

 ソラマメのお料理はいっぱいあるんですけど、我が家はともかくシンプルに茹でて食べるっていうのが一番。それだけで、十分、もっともおいしいんですもの!!

 普通に買ってきたくらいじゃ、ゆでてあっという間に食べてしまうので、加工なんてしません。ひたすら、すぐ茹でて食べます。よって、ソラマメ料理って何もしません(笑)

 数年に1度、実家の家庭菜園のソラマメが豊作で、余り気味になると、ソラマメ好きの実の娘のことを思い出すらしく、箱いっぱいソラマメがやってきます。今年は、そのあたり年で、22時過ぎに帰宅したら、箱いっぱいのソラマメが待っていました。いや、こんな時間にそらまめって。とは思うけど、こればっかりは、1分でも早くゆでないと味が違う。それから、ごみ袋を前にそらまめ剥きが始まります。そこの!!手伝いなさーーい!!

 東京都推奨ごみ袋いっぱいのごみが出て、ざる一杯のソラマメができます。大鍋にお湯をわかして、全部ゆでます。うわーーーいい香り!!つまみつまみ、全部の始末が終ったら、あーあー日付が変わっちゃうよ(涙)

 ゆでたそらまめは、日持ちがしません。ずいぶん食べますけど、傷んじゃったらもったいない。こういうときだけ、加工します。大好きなそらまめのスープ。バーミックスでガーーってしたスープですけど、朝からそらまめの香り!幸せ!200905310935000

 ソラマメのおいしい季節は短いです。この時期、そらまめさえ食べさせておけば、機嫌がいいと言われる私です。

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ザ・外資

小説ザ・外資 長編経済小説 / 高杉良/著

出張が続いており、なんでもいいから分厚い文庫本っていう選択で選ばれた本です。ともかく荷物(書類)が多い種類の出張@九州方面、なんですよ。本は1gでも軽くしたいので、なんでもいいから文庫本です。

これは東京長銀という金融機関が、アメリカのダイヤモンドブラザースと、アップルなんとかホールディングスに食い物にされて、日本の国民の税金を大量投入されて(もちろん金融庁の役人が身売りして)潰れたという大事件を、裏事情まで含めて明らかにしている小説です。小説ですから、全部架空な銀行の話ですが、実は日本長期信用銀行(いわゆる長銀ですね、ワリチョー、リッチョーってやってた長銀)が、ゴールドマンサックスと、リップルウッドに、国民の○億円っていう税金を含めて食われた話であろう、というのは、読めばわかります。興銀とそごうの話もあったよなあ。

でね、まあ、その顛末などは、へえー、と思うこともいっぱいあるんだけど、その中で、著者は、ほーんとに税金がムダに投入されたこと、ムダってわかって投入している人種が居ること、お金や名誉(名誉には当然、金融業界の場合お金がついてくる)にそこまでこだわって、国民全体を裏切れる人種が居ること、それによってもたらされる個人の幸福は実は浅いものであること、を必死に書いているように思います。

お金っていうのは、量と効率性という2面のコントロールが必要です。入る場合にも、出る場合にも。個人の場合は、量(稼ぐ量、使う量)をある程度コントロールしながら、効率性(高いものを買うか、安いものを買うか)というコントロールを一生懸命するわけですよね。これが会社の場合もそうです。これがもっともうまくまわらないのが公務員。入ってくる量のコントロールができなくって、使う効率性が自分のお金の稼ぎと使うの両方の効率性に反映されないという構造的欠陥があるわけです。この構造的な欠陥(というか、穴ですね)を埋めるためのシステムを導入しなければ、税金のムダ使い、というのは、意識とか掛け声では絶対に変わらない、というのが私の持論です。ま、この点はいずれまた。

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2009年6月17日 (水)

切干大根のサラダ

 大根とホタテ缶のサラダっていうのは、ポピュラーですよね。

 どこかの飲み屋さんのツキダシに出てきそうだけど、おいしい組合せだ。

 この生の大根を、出身は大根だろ、と切干大根にしちゃったのが、これ。シャキシャキ感が変わって、切干好きには、おいしいです。200904261151000

 切干大根を水で戻して、水をしぼって、生協のホタテ缶(どうせ、ほぐしちゃうからほぐし身の安いやつでOK)の缶汁ごと入れて、あとは彩り、お好きなものを。今回は水菜とニンジン(ともに生)、私はあんまり買わないけど、かいわれ大根とかでもいいし、三つ葉もいいよね。

 マヨネーズとレモンとオリーブオイルくらいで適当に味をつけるだけ。彩りも綺麗で、シャキシャキシャキシャキ。かみごたえがあって、おいしい不思議サラダになります。

 切干大根って、私が買う生協のは50gが一袋になってます。このサラダ、一袋使うと、ホタテ缶1つじゃ、ちょっと足りない感じがするので、半分か半分ちょっとくらい使います。残りは当然、煮物か、あるいははりはり漬け、となると半分じゃたりないので、もう一袋あけることに。つまり、2袋いっぺんに消費。切干大根ばっかり食べることになるわけだ。

 ま、好きだからいいけど。

 

はりはり漬けは、川津さんのここ、2008年11月17日ね。これまたおいしいんだわ。

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-2c2d.html

 というわけで、生協で切干大根を何袋も買うんだけど、すごく消費してしまいます。

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凸凹デイズ

凸凹デイズ

 山本幸久さん、仕事関係の小説本を少しずつ読んでいる方です。

 えーと、カイシャデイズなんてご紹介したのは、ずーっと前ですね。

  2009年1月26日

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-5e8a.html

 ある日、アヒルバスは2009年3月17日に

 その他に、渋谷に里帰り 2009年6月10日に

 幸福ロケット、2009年3月29日なんかもご紹介してますね。(バックナンバーっていうところをクリックすると全バックナンバーの年月が出ますのでお願いします)

今、書いていて自覚しました。わりと好きかも(笑)

 これは、凹組っていう超弱小零細デザイン事務所に勤める女性が、あるきっかけで俄然やる気を出して、ぐだぐだいうオトコとも別れ(そいつの私物を全部、ごみ袋に入れて捨てて)、働く話です。あたし、こういう女好き!!その弱小デザイン事務所を立ち上げた3人の男女の仕事を通した友情物語と、それに新しく加わる彼女の奮闘、キャラの濃い人がいっぱい出てきて、こーんな変人ばっかり・・とは思ったけど、小さな広告とかパッケージとか、大手の広告代理店やデザイン事務所から見ればくだらない、ゴミのような仕事を一つ一つ、誠実に丁寧にやっていくことで、少しずつ認められていく姿がまぶしいです。なんだかこういうお仕事小説、最近、ずいぶん読んでるんですけど。いいなあ。

 一つ時代の前の人が書く、サラリーマン小説って、1)自分はあんまりサラリーマンの経験がないのか、人間模様とか社内恋愛事情とか、そういうことが先にたっている小説、2)もっとダイナミックに動く企業買収とか、企業間競争とか、大手企業や銀行の動きを背景とした企業小説、が多かったと思うんですね。それが最近、若い人(たって30代、40代だろうけど)が、普通の働く人の苦悩や喜び、ちょっとした仕事への誠実な対応や、その中での仲間意識なんかを仕事という喜びも怒りも、報酬もプライドもいろんなことが絡まる世界の中で、実に等身大に書くようになったなあ、と思うんです。池井戸さんとか、この山本さん、それに碧野圭さんなどですね。私、最近、この分野にちょっと注目してます。

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2009年6月16日 (火)

行者にんにく

 えーと、去年、行者にんにくのことをご紹介しました。

2008年4月27日

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_5a1a.html

2008年4月30日

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_53bb.html

 元は北海道の内陸部の山菜?野草だったらしい、にんにく風味の葉っぱですが、人気が出たためか、北海道以外でも栽培?しているようです。そして、以前は、小さな小さな束が400円!なんて、大げさにトレーに乗っていたのですが、この頃は、ごそっと束になって、150円!なんていうのも出回っています。群馬産だったりしますが。いいんです。お生まれはどこでも!

 つまり商品として、比較的高値で売れるということになって、あちこちで栽培しているんでしょうね。

 あたし、匂いの強い葉っぱが大好きなので、この行者ニンニクもついつい買います。もちろん、ニラみたいに餃子やお焼きにつかってもいいし、休前日の夜限定で、あるいは午後外出しないことを前提で、焼きそばとか野菜炒めとか、ニラみたいに普通につかっても、とーってもおいしいです。

 とても臭うので、おでかけ前はやめてねえ。にんにく風味とシャキシャキした歯ざわりで、まあ、小松菜の束よりは小さいけど、とても買いやすいお値段になっています。200904252038000

 お散歩途中の八百屋さんに、こういうちょっとしたものが豊富に揃っているお店があって、行者ニンニク、根みつば、クレソン、島らっきょう(これも大好き!)なんかを喜んで買ってます。もちろん、お散歩途中だから荷物が多くなるのを避けたいから、軽いものだけ、っていうのもあるけど、臭いの強い野菜ばっかり…

 見かけたら、ぜひ一度、お試しください!臭くって、シャキシャキでおいしいです。

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痛いひと

痛いひと / 明野照葉/著

 明野照葉さんの短編です。この人、ちょっと極端で不思議な人を書かせると、わりとうまいなあ、と思う、少し極端な人、シリーズです。私はごく普通に社会生活を送っている*つもり*ですが、ある面では、たぶん少し極端で、凸凹しているんだと思います。そんな一面を肥大化すれば、あっという間に「痛いひと」です。

 でもね、「痛い」っていう、ぶつけたり殴られたりする痛さじゃない、「痛いひと」の痛さって、なんだか言いえて妙な言葉だとは思うけど、ある程度、痛くても無理することって誰でもあるじゃん!?全部が全部、ムリしてたらたいへんだけど、その人にとって、どこかでちょっとムリしないと、それ以上のチャレンジはないよねっていうこともあるんじゃないかと思うのだ。

 人それぞれ、痛さは違うし、痛いと言われようと見られようと、がんばってみるところもあると思うのだ。ある面、痛いんだろうな、アタシも。

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2009年6月15日 (月)

生桜海老とミツバのかき揚げ

 生協で(ほとんどの食材を生協で賄って、生きてる我が家)、季節限定、4-5月の一時期だけ、駿河湾の生桜海老っていうのがあります。冷凍でやってきます。これ、好きで、数パック買って、ニコニコしてます。生の桜海老を食べられるのは、初夏のこの時期だけだよねえ。冷凍庫に5個くらい貯めて少しずつ使って喜んでます。

 とってもきれいなピンク!200904251020000

 うれしいなあ!桜海老と、新たまねぎ、それにミツバをいっぱい入れて、かき揚げにします。野菜はザクザクと切って、桜えびを投入、小麦粉と水を加えて、しゃもじに乗せて油へGO!いいかげんに作るので、いろんな大きさになっちゃうけど、揚げたてのミツバの香り、桜海老のおいしさ、新タマネギの甘さ!おいしい!

200904251312000

 野菜をザクザク入れると、どうしても量が増え、あとはジップロックに入れて冷凍。一人でお昼を食べる人が居ると、おそばにうどんに乗せて、あるいはお弁当のスキマにも、ちょっとかき揚げってあるとうれしい。あー季節の野菜と、生桜海老!おいしい!

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ばかもの

ばかもの / 糸山秋子/著

 糸山(ホントは糸を横に2つ並べた字です)秋子さんの、恋愛小説です。あひゃーこの方の恋愛小説って、どんなんだろう!? 30近い女性と、19歳の大学生が、バイト先で出会い、偶然でかけて肉体関係を持ちます。でも、その女性は、「結婚するの」と男性を捨てて、どこかへ行ってしまいます。

 彼のそれからの苦悩、いや、失恋の苦悩というより、働き始めてそのストレス発散がお酒になって、アルコール依存症になっていく、周囲の人もかわいい恋人も家族も友人も失っていく苦悩、分かれてケッコンした女性の事故(オットの引き起こした事故で片腕を失う)、いろんなことがあって、その2人が数年後に再会します。ボロボロになって、仕事も友人も失った、アルコール依存症で長い間入院していた男性と、片腕になって、オットとの関係も壊れて、片田舎に引きこもっている女性です。

 どちらも、いろんな苦しみの年月を越え、今も苦しんでいる2人が、また出会う、そんな話です。とんでもない事故、アルコールでメチャクチャになった自分、いろんなことがあって、歓迎しないけど、そういうことがやってきて、なんとか逃げるように生きてきて、そこで出会う2人が、悲しいような淋しいような泣きたいような気持ちになります。そういうときに、誰を求めるのかな、なんて思いながら読みました。

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2009年6月14日 (日)

彼女がその名を知らない鳥たち

彼女がその名を知らない鳥たち

 偶然、手にとって読んでみた本。なんだか100%ピュアな純愛サスペンスっていうフレコミだったんだけど、アタシにはさーーっぱりわからない。なんでこれが、100%純愛サスペンス?

 主人公の十和子さん、付き合っていた男性(既婚者)に、ひどいことをさせられて捨てられた傷から、ちょっとした会社の飲み会で知り合った男性と一緒に暮らすようになる。でも、どうしても前のカレシが忘れられないし、今の同居人を大切にできない。働きもせず、家事もせず、同居人をひどい扱いにするけど、自分の満足が何も得られない。そんな鬱屈した生活を続けているけど、彼女のごきげんを取ることに必死の同居人にさらにイライラする。なんだか、そういうことの繰返しで、この人の失恋した苦しみが、あんまり伝わらない。その上、さらに出会ったデパートの男と恋愛ごっこを始めて、そこに生きがいを見つけてしまう。最後は、あれま、そういうミステリーだったの!?という展開になるんだけど、どうも非恋愛体質のせいなのか、この女性の苦しみがぜーーんぜんわからなかったのだ。そりゃー、失恋の苦しみってあると思うけど(このあたりからして、よくわからないという書き方じゃねえ)、こういう形でぐるぐる自分と、自分を取り巻く人にぶつけること?あれ?で解決することでもないと思うんだけど、さっぱり共感できず、さっぱり理解できず、なんだかなあの小説。一応、ミステリーなんだけど。ポイっ!

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ジェリー・フィッシュ

ジェリーフィッシュ

 いや、ここはどこなんだろう?って最初に思います。街に書いてある文字が、みたことないぞお!この字!なんだもん。で、テルアビブだってことがわかる。テルアビブ!?まあ、めったなことでは足を踏み入れないだろう国だもんで、なんだか不思議。

 その国の3人の登場人物、一見バラバラで、どこかで繋がるんだろうか、この人たちって思わせながら、最後まで全然つながらない(!)女性たちの様子って言う映画なんだけど、たしかにどーということはない、バイトしたり、お母さんの面倒をフィリピン人のお手伝いさんに頼んだりと全員がバラバラ、そこに出生不明で、何もしゃべらない奇声を発するだけの小さな女の子が登場、でもすぐいなくなる。何を訴えるわけでもないし、何かを声高に主張するわけでもないし、恋愛模様もない、ただただ、ちょっとした日常が過ぎていくだけなんだけど、腹がたたない映画です。なんだか不思議な魅力のある映画です。

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2009年6月13日 (土)

潜水服は蝶の夢をみる

潜水服は蝶の夢を見る

 43歳、パリの雑誌の編集長が脳梗塞で倒れます。脳の働きは残るけど、動かせるのは片目のまばたきだけ。耳は聞こえるけど、しゃべれない。あとはどこも動かすことができない状態になってしまいます。

 この映画は、その彼の立場から描いているので、画像がぶれ、かすみ、最初は見ていて酔いそうになります。ずーっと、こういう画像だったら、やめようかと思うくらい。だって、視野がせまくって、ぶれるんだもん。彼は、頭の中はちゃんと動いているので、自分が非常に不自由な潜水服に閉じ込められているような気分になります。手足が動かせないし、しゃべってるつもりでも、誰も聞こえない。その不自由な状態で、家族に会い、モノゴトを考え、何かを伝えたいと思うけど、どうにも伝えられない、もどかしい、辛い辛い人生が始まります。

 今は、視線をキャッチして動くコンピューターがあって、視線さえ動かせれば、パソコンを動かすことが可能な技術があるのですが、彼にはそういうものはない。看護士さんが、アルファベットを読み上げるところで、まばたきをして、スペルを一字ずつ指定していくことで、言いたい単語を表現することになります。スペス一つずつですよ!いやー、看護士さんももちろん彼自身もものすごい忍耐力が要求される気の遠くなるような工程です。そして、それが結集されたのが、表題作、フランスの本です。その本を書いた後、肺炎を悪化させて亡くなった実話に基づいています。手足も動かせない、瞼だけしか動かせないけど、人はいろんなことをちゃんと考え、表現しうるという壮絶な記録です。

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神の領域

神の領域 検事・城戸南

 少しずつ読んでいた刑事鳴沢了シリーズ。なんとか、順番ぐちゃぐちゃで読み終わっていると思います。図書館に行く時があると、このシリーズの置いてあるところ見るんだけど、棚に本がないんだもん!しかも、一冊完結なので、順番無視して手に入るところから読んでいたら、どれを読んだかわかんなくなっちゃった(…)!とりあえず、終ったかな、の気分で、なんだか、へんな感じ。

 これは、鳴沢了シリーズにも時々でてくる、検事さんの城戸さんという人、その人が主人公になっている関連の友達本です。シリーズ化されるかどうかは不明。今度は検事という少し違った立場から事件が展開します。

 あの、織田さんの湾岸署の「踊る大捜査線」で、ユースケなんとかさんの主役版ができたり、ギバちゃんの主役版ができたりみたいなものでしょうかね。見てないけど。

 この検事の城戸さん、学生時代には長距離選手で、箱根を狙ったこともある有望選手だった。それが膝の故障で違う道に進むことになった。横浜地検で、陸上で有名な大学の元選手が殺される。さて、この殺しは?というところで、元選手となれば、陸上部の監督とか実業団とかに知り合いも多く、いろんな話が出てくる。さてさて、という展開。一人一人のキャラがよく書けてるし、堂場さんはスポーツ関係の著作も多いので、犯罪物に、スポーツの要素を入れた展開。飽きないで読めます。

 堂場さんって、刑事鳴沢了シリーズなど、犯罪物もあるけど、スポーツ物の著作も多いみたいです。なんだか読みにくそうな気がして、まだ一冊も彼のスポーツ関連著作を読んでないんだけど、どうかなあ。

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2009年6月12日 (金)

マーキングブルース

マーキングブルース

 室井さんって、女優さんなんだけど、作家さんになっても十分生きて行かれる、どころか売れっ子になるんじゃないかと思う一冊。うまい!!

 彼女は、大の動物好きで、特に猫がだいーーーすき!ご自宅でも6匹も猫ちゃんを飼っていらして、この6匹をちゃんと見送るまでは、万が一のことがあっても、絶対に死ぬわけにはいかない!と決意をしている方。そして、6匹に、「私より先に逝ったら、サンズの川のそばでお散歩して待っててね、私も後から逝くから」って約束しているとか。

 といっても、彼女は富山の本家の跡継ぎで、墓守をしなきゃならないので、富山のお墓に入らなきゃならないそうで、浄土真宗?だとかはペットを一緒に入れてはいけないとかで、本気で悩んでいる。そのくらいの猫ちゃん好き。その室井さんが、猫ちゃんのエッセイと、ちょっとした短編を書いた本。私、ワンコの方がすきだけど、(って猫は飼ったことがない)、でも、猫好きの気持、猫をかわいいという気持ち、こーんなに大事にしている気持ち、そして同胞に対する共感する気持ち、そんなことは犬好きだって、同じこと。なんだか、とっても楽しいし、彼女のお人柄が素敵だし、そして、文才も、ばっちり!!室井さん、すっきだなあ。

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らっきょう仕事

 あたし、この季節になるのを、実はひそかに恐れていたんです。何がって…・・

思い切って懺悔します。去年、らっきょう漬けをやってみよう!!って大騒ぎしてらっきょうを買って、始末して、瓶に入れて塩漬けにしたまま、そのまーーーんま、ずーっとほってあるのが、実はあるんです。もう、この半年以上、目をそむけて暮らしていました。あれ、なんとかせねば。らっきょうの季節じゃん。って、去年のはどうした?って自分のウチなる声が、おのれに問います。まずい!!

 というわけで、恐る恐る出してみました。あー人生って厳しい。このまま、デリットボタンをおして消去してしまいたい、去年のらっきょう!!

 勇気をふるって、出してみました。

 え?水なんて入れたつもりはないけど、水があがって、液体にらっきょうが浮いている状態になっています。塩は影も形もありません。これって、食べられますか?というわけで、瓶の蓋をあけて、食べてみました。ひゃー、ちょっとしょっぱいけど、塩漬けのらっきょうであります。全然大丈夫!いやはや!全部塩漬けで食べようか、どうしようかと思ったのですが、せっかくなので半分を甘酢漬けにしました。少ししょっぱいので、一晩塩抜きをして、それから甘酢につけました。こーんな感じ!あらま、2年越しに、らっきょう漬けができちゃった。200906112226000 去年のって言わなきゃだれもわからねーって!!

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2009年6月11日 (木)

変愛小説集

変愛小説集

 あの、「ねにもつタイプ」の岸本佐和子さんの本。えーと、ねにもつタイプはここね

2007年6月1日

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_6508.html

 「気になる部分」もご紹介してましたね。

2007年6月13日

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_a036.html

 翻訳家さんで、著書はエッセイ(身辺雑記系)のみです。この変愛・・は、編訳本です。この本、「恋愛小説集」、読みたい読みたいって思って、図書館やアマゾンを探していたんだけど、どうしてもひっかからないの。なんで~?たしか新刊が出た、恋愛なんとかっていう本だと思ってたんだけどねえ。ところが、図書館をぶらぶらしていて発見!恋愛じゃなくって、「変愛」なんだよ!(笑) 見つからないわけだよ!(私の読みたい本リストには、リリストのかなり前で、周囲の本はほとんど傍線で消されているのに岸本佐和子「恋愛小説集」が残っているわ)

 いやはや、たしかに、バービー人形や木(生えてる特定の木)に対する、せつない、せつない片思いとか、変愛なんでしょうけど、でも、奇妙でもいやらしくもなくって、読んでるとすごーーく、切ない気持ちになるんですよ、不思議なんだよね。ちょっと変な恋愛の話なんだけど、変?って思いながらいつの間にか、その人たちのものすごく真剣な、マジメな気持ち、せつない思いに、惹きつけられているのに気がつきます。いっぱい泣けるとか、純愛小説とか、あれやこれや言われるチマタの恋愛賞賛本とは違う、せつなさとやりきれなさで。だって、相手が普通じゃないので、思いがなかなか通じないんですよ(笑!木に、思いといっても…あたり前だが)。いやはや、変なのは、どうでもよくって、それを貫く本人たちの気持ち、とーっても純粋なんじゃないかなあ。泣けるとか、純愛100%なんていう小説を、「ケっ!!」って思ってしまう、すでに枯れた、ハスに構えた私は、純愛小説だったら、

 以前にご紹介した、その名もずばりの篠田さんの「純愛小説」 えーと、ここね

 2008年4月9日

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_0b13.html

や、この「変愛小説」を読んでみたら?って思います。この世界は、映像だと、不思議チャンの映像になってしまいそうだけど、小説世界だからこそ、伝わるせつなさ、やりきれなさがあると思う。ははは…小説ってすごいなあ、楽しい!小説読んでてよかった!と思う1作です。

 岸本さんは同年代、1960年生まれ、ご自身が子供の時から世の中の恋愛至上主義に、疎外感と違和感を持っていたといいます。映画だって、歌だって、恋愛(当然ながら人間同士、で、まあ、普通異性間の恋愛ね)をテーマにして、素晴らしいすばらしいと言ってる。それに、なーんとなくどっぷり浸かれない自分が居たといいます。その意匠返しもあって、こういう「変愛」小説を集めて、訳してみたら、あらまあ、逆にやけにせつなく真剣な気持ちをじーっくり描いていることに驚かれたようです。そういうあとがきを、うん、うん、ってうなづきながら読みました。変愛なんですけど、いや、せつないです。

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ベトナム風煮豚

 ベトナムの屋台や、一膳飯屋で、いくつもの料理が、仕切られてる四角い鍋の中に入ってます。日本でいうと、おでんの具を煮る、四角い枡状のものに、少しずつちがった料理が入っていて、お客は、それを指差して、好きなだけお皿にとってももらう。ご飯にかけてもらってもいいし、おかずだけでもいい。そんな料理が並んでいる一膳飯屋を彷彿させる料理。

 有元さんに教わり、ラクチンでおいしくって、なんだかエスニックなので、すっかり定番になりました。なーんてことない、バラ肉を適当にカットして、しょうゆとナンプラー(あとは砂糖と酒と水)で煮るだけ。ほーんとにそれだけ。ゆで卵も一緒に煮るだけ。200903242101000

 ほんとは、ゆで卵は煮あがる寸前くらいに入れた方が、姿かたちがきれいになるんだろうけど、煮崩れたほうがなんだか、現地っぽいので、どんどん入れちゃう。バラ肉がほんとはいいのだけど、油がきつなあ、ということで肩ロースにしてみたけど、やっぱりバラ肉の方がベトナムっぽい。何度も火を通して、ぐずぐずになってもいいし、ご飯を添えて、コリアンダーなんか乗せたら、気分はベトナム!!くずれそうなゆで卵も一緒にご飯とまぜて食べる感じ。全然おしゃれじゃないけど、一膳飯屋みたいな、そんなご飯もおいしい!

 *写真はコリアンダーを添える前のセーネンの夕飯、私はもっと少量にコリアンダーたっぷり乗せていただきます。

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2009年6月10日 (水)

梅シゴト終了

 梅仕事の季節です。私の梅仕事は、梅酒とウメジュースと梅ジャムと時々梅味噌。梅干しはまだ未踏の地であります。梅仕事は、まず、マイ梅ノ木(と勝手に命名している木)の梅のなり具合を見に行くことから始まります。

 ムスコが小さいサルだった頃、喜んで木に登ってゆすってくれたので、私は大きなザルを持って、木の下を駆け回って受け止めていればよかったのですが、本人、「オレ、進化したから」(笑)だそうで、もう木に登ってくれません。それどころか、一緒に行ってもくれません。ので、仕方なく、ずいぶん昔に進化してるはずのおじさんとおばさん2人で、虫取り網を持って、なんとか集めてきます。

 売っている梅の実のように粒もそろっていませんし、きれいでもありませんが、熟れた梅の香りはほーんとにいい匂い!洗って、かわかして、青いのを梅酒に、少し黄色いのを、凍らせてウメジュースに、熟れたのを梅ジャムにして、梅仕事が終わります。梅酒は、仕込んだら、去年作ったのを出していい、ということにしているので、オットがいそいそと納戸から去年のあめ色になったのを出してきて、今年のをしまいます。ウメジュースは2-3週間で飲めるはず。これは、私とムスコが生協のただの炭酸水で割って飲みます。ウメジャムは、数を数えてルクルーゼで煮て、ぐじゅぐじゅになったら、数えた数の種を取りできあがり。梅仕事が終わりました。200906071142000

 あとは、ラッキョウ仕事と新ショウガ仕事かな。杏シゴトも楽しみ。私、料理より食品加工が好きかも~

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渋谷に里帰り

渋谷に里帰り

 山本幸久さん、仕事関係の小説がうまいなあ、って思う本です。えーと、以前にご紹介したのがこれ

 カイシャデイズ 2009年1月26日

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-5e8a.html

 ある日あひるバス 2009年3月17日

この他に「美晴さん、ランナウエイ」「幸福ロケット」も以前にご紹介してます。

 今回は、食品卸問屋さんという地味な会社の営業マンが、あるヤリ手の営業の女性の結婚退職から仕事を引き継いで、ということで渋谷を担当になる。渋谷は、実は子どもの時に住んでいた場所である、というような話です。

 昔の渋谷、ぶんかむらができる前の渋谷のことが折り込まれているので、懐かしい向きもありましょうが、基本はこの32歳の「はあ、はあ」という返事しかしない、やる気のなーい営業マンが、少しずつ仕事を覚えて、変わっていく姿です。なんだか、失われた10年の犠牲者で、就職氷河期で、どこでも就職できただけましか、みたいな選択で地味な会社の営業マンになってみた。それから、まあ、言われたことだけは適当にやって10年、初めて言われないこともする仕事っていうことを見出してくるようになる32歳の姿です。

 私は渋谷圏に住んでいて、毎日、渋谷を通ります。あの人ごみはうんざりするけど、何かと用事があるのも渋谷です。昔の姿もある程度は知ってます。そんな懐かしいこともあるんですけど、この人の書く、有名でもなく名前がつくような仕事でもなく(弁護士とか医者とかね)、サラリーマンとひとまとめに言われるような人の仕事、その中でのいろんな苦労や工夫や、喜びや失敗があるっていうのが、私は好きです。そういう仕事がいーっぱいあって、そういう人たちが仕事しているから、世の中こういう風に動いているんだよね、って思うからです。

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2009年6月 9日 (火)

もっと私たちのお弁当

もっと私たちのお弁当

 えーと、クウネル本の「私たちのお弁当」は、2006年8月11日にご紹介しました。

http://ryosroom.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_b84b.html

  いや、料理研究家さんとか、お料理の好きな人に限らず、ごく普通の会社員の人とか主婦の人が作っている気負いのないお弁当の本で、私の大好きな本です。この続編!スタンスは同じです。

 今度は、普通のサラリーマンの男性のお弁当とか、一緒に会社をやっている女性2人のお弁当とか、会社の同僚がHBを買って、あまりにもおいしいので、パンと具材を持ち寄って食べるお弁当とか、ほんとに素敵!!

 食べることって、生活することなんだよね。そして、当たり前の日常の中で、食べることばっかりやってるわけじゃなくって、当然、働いたり、他のこともいっぱいあって、でも、その中で、できることをやってちゃんと丁寧に暮らしている人たちの日常の一こまがギューーーっと凝縮されているお弁当。なんだか、すばらしいなあ、いいなあ、普通の生活!!って思う1冊です。

 私はお弁当作るの、実はわりと好きです。全然、麗しいお弁当でもないし、おしゃれなお弁当でもないけど、中高生のお弁当が終っても、自分のお弁当を、週に3-4日は作っています。いや、作るってほどのことはしてなくって、1)余りもの、2)常備菜、3)新規のおかずちょっと、の3原則で、詰めるだけですけど、自分で作ったお弁当が実は一番好きです。出張先でのランチもできれば楽しみだし、時々のランチのオファーも楽しいけど、やっぱり自作弁当が好きで、毎朝、6時10~20分は自分の弁当を詰めてます。誰も弁当もって行かなきゃいけないって言わないし、勤務先の周りにはいーっぱいお弁当屋さんもあるので(もちろん外食もいくらでも可能)、完全に自分の趣味です。なんだか、一番おいしくって、なんだか一番、ほっとするお昼なんですね。

 家族でアウトドアなお出かけした頃、お弁当は必携でした、もちろん、私だけじゃなくって、家族みんなで作ってた。今でも、ちょっと山に行こうなんていうときは、オットと2人分のお弁当を詰めます。もちろん、オットもやります。それも楽しみです。お弁当っていいなあ。

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鶏肉とたまねぎの小鍋

 例えば、メインがお魚の何かだとします。お魚の量にもよりますが、例えば、いわし。生協で食材のほとんどを配達してもらっているので、量は選べず、一袋(笑)、あけてみたら5匹入ってました。いわしがたいへん小ぶりなので、おかず、これだけ?っていう感じです。そういう時、まあ、肉じゃがとか、そういうボリュームがでるものがあればまあ、いいのですが。

 なんだか、食卓が淋しいとき、便利に使っているのが、小さい鍋です。土鍋なんですが、コンロに乗せて出すほどでもない、みんなで突っつくほどでもない、でも一人用の鍋焼きうどんの鍋よりは少し大きめ土鍋です。これで簡単な煮物を作って、そのまま、鍋敷きに乗せて出して、大きなレンゲで取り分けてたべます。中身は普通の煮物でも、保温性もいいし、なんだか食卓が賑やかになります。少ない具材でも、なんとかカッコがつくのも助かります。200903212037000

 今回は、鶏肉とたまねぎを甘辛に煮てみました。鶏肉が、ほーんのちょっとしかなかったので、ゆで卵も入れてみたのが、なんだか、ボリュームと変化が出て、蓮華で取り分けてアフアフとたべると、満足感がアップします。タマネギはたーくさん入れても、くーったりしてすぐなくなっちゃいます。鍋一つで済むのも簡単です。こういう小さい小鍋、大鍋の季節が終わると、おかず鍋として、しばしば登場します。スープを真ん中においてもいいです。

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2009年6月 8日 (月)

雨の甘利山と千頭星山

 私、理想を言えば、1ヶ月に1回くらい、軽い山歩きに行って、温泉入って、のんびり宿にとまって、みたいな1泊2日の旅をしたいなあ、2ヶ月に1度でもハッピィだなあ、と思うのだが、現実は、年に4-5回、いや、3回くらいそんなことができるかどうかの日々です。それも、この日あけておこう!って思っても、流れること数度、決意して、3-4ヶ月に1度、そういう日をやっと作ると

雨だったりする。

 よっぽど行いが悪いのか、天気の神様に見放されているのか。あーあーあ

 でも、やっとあけて作った2日間だから、いくもんね!とでかけたのが、南アルプスの前衛の山、甘利山と千頭星山(せんとぼしやま、と読みます、きれいな名前だよねええ)。甘利山はツツジが有名で、うちの門の横にあるつつじが咲くと、思い出す。甘利山もツツジが咲いているかなあ、って。広河原という駐車場(あの、有名な北岳のふもととは違います、甲府の西側にあたります)から5-600mで、甘利山なので、ここは、普通の靴はいてるおばさんたちが、バスで大量に乗り付けるところだけど、1700mくらいあります。甘利山までは混んでいるけど、その先、奥甘利山から、千頭星山にいたる9キロ弱の工程は、ほんとーに人が少なくって、とってもきれいなところ。9キロ弱で、高低差は、500mくらいだから、全然らくちん。ただ、長いだけで、南アルプスの鳳凰三山が目の前にどっかーーーん!!って見える場所。南アルプスの山々は、なんだかアプローチがきつくって、なかなか「シトウロさん、お断り」みたいな山なんだけど、千頭星山は、どうぞ初心者いらっしゃいませの山なので、手軽にすごい景色が見えます。花もきれいで、大好きな山!

 

 でも、雨でした。

もうどうしようもない雨で、駐車場もガラガラ。ツツジも、1700mでは、まだ4分咲きって感じ。鳳凰三山どころか、ガスって、全然山があるんだかないんだか。あーあー、

 最初は、アメだって歩けるわよ、って思ってたけど、人間ぬれると、もう意欲もガッツも、やる気もペショーンとなっちゃって、ただただ苦行でしかない感じ。あたしがやっとやっと、取れたまるまるの休日、なんで、こんな雨の中、カッパ着て、ぐしょぐしょあるかなきゃならないのか、っていう気分になる山でした。200906051133000 200906051119000 200906051205000 200906061409000

 

 千頭星山では、もう、精魂つきはてて、写真もとれませんでした。途中、山ツツジがきれいで、あ、キンポイエウゲだ、と思ってとった写真は、キンポウゲ科だけど、ウマノアシガタという花だそうです。ぐーーーったり。

 ま、温泉入って、雨で冷えたからだをあたためて、ごちそうを食べたら、なんとか気分も回復しましたが、ぐったり疲れて爆睡。翌日は、曇り。朝早くから山に挑戦する気力もでず、大菩薩をぐるーーっとまわってかえってきました。曇りなので、きれいに見えるはずの富士山も八ヶ岳もなーーーにも見えませんでしたが、雨降ってないだけ、マシ。雨のあたらないところで、おにぎりが食べれるだけマシ、の気分。

 これって最初にあんまりひどい男にあたると、あとがどんなんでもマシに見えるってヤツ?最初に買った40万円のクルマがハンドルは重いし、ギアーは入らないしで、メチャクチャだったので、あとはどんなクルマでも乗れるって、ヤツ?(違うか)、雨が降ってないだけで、何も見えないけど、満足したという低レベルな大菩薩。

 あーあ、今年の春は、ロクな山のぼりができませんでした。7月8月は、すでに無理ということがわかってて、次は9月か。お天気、なんとかしてください!>神様!

しかーし、日曜日はいい天気!日焼けしなくてよかったあ、と考えて、気を取り直すことにしましょ。

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マリコレシピ

マリコ・レシピ Original Recipe Book

 作家の林真理子さんが、はじめて出すという料理本です。え?って思ったけど、彼女は、版画家の山本容子さんと一緒に、あの授業料がバカ高い有名な料理学校、えーと、ほら、(名前が出てこない)の初級に通ったという料理好きです。山本さんは、次の中級ステップにも進まれたそうですけどね。だから、本格派なんだ、という感じにスタートします(ご自分で、そう書いていらっしゃいます)。

 普段は、たいへんお忙しいようで、お手伝いの方に食事をお願いしているようですが、住み込みじゃないので、週末や夏休みもあり、時には自分で作る、と書いていらっしゃいます。そして、お友達をお招きするホームパーティも大好きだそうで、そういうときの豪華なお料理を披露してる本っていう位置づけですね。

 いやはや、彼女は食べることが大好き(これは、数々のエッセイでもよーくわかっている)なのですが、そして私も食い意地はっているんですが、決定的に違う驚きは、ともかく、人を驚かせるとか、ミエを張るとかが大大大大好きなんですね。テーブルセッティングとか、お花とかも、ともかく、自分が気分がいいとか、ほっとするじゃなくって、基本的にミエを張りたい、そしてミエを張って、高級品を並べて、人を驚かすことで、自分の気分が高揚して気分がよくなるというのが彼女の気分であり、満足なんだなあ、って思うんです。その精神構造がまーったく私と違うので、へえ、へえ、へえ、ってひたすら感心するんです。そういうことに、さほどの満足を感じるそのメンタリティ、そしてそれを飽くことなく追求しつづけるのが、すごいと思うのです。料理は、実は、まあ、オトコの料理みたいのが並んでいます。タマネギをじーっくりいためたカレーとか、キャビアのお茶漬けとか、フォアグアのソテーとか(笑)。アタシ、絶対に作らないであろう、フォアグラのソテーを見て、こういうものを、お友達の家で食べたいと思う人種が居るのか?びっくりさせたいと思って出すんだ、とひたすら感心します。1%の共感する部分がないんですもの。さっすが、あれだけブランド物が大好きな人だもんなあ、と感心しましたです。

 でもね、デザートに関しては、小豆を煮たあんみつとか(笑)、彼女の素朴な生まれ育ちが出ていてほほえましくなりました。ほんとに、性格や好きなことがよーくわかる料理本、料理テクやコツや組合せはなーにも面白くなかったけど(大笑)。

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2009年6月 7日 (日)

仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか

仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか

なんだかなあ、売らんかなのタイトルなあ、と思うのです。だって書いていることは、「筋トレは、集中力を高め、仕事を遂行するうえでも、たいへん効果的である」、平たくいえば、この程度のことなんだよね。

 おっしゃっている「筋トレ」が仕事をする上でたいへん効果があるとしても、

○仕事をする上のスキルは、他のスキル(仕事上の知識とか、その他様々なスキルね、たとえば、ガスに関する知識とか、手術の経験とか、仕事によりけりね)も非常に重要だと思うので、筋トレをすれば仕事ができるようになる、とは言えないよね。

○仕事ができる人は、いろいろなスキルの総合体として仕事ができるのであって、筋トレの効果だけじゃないよね。

 だから、筋トレをする人は仕事ができる、とは言ってないわけだ。

じゃあ、仕事ができる人は、筋トレをするかというと、その能力をより高めて、集中力をつけていくために、筋トレは効果できである(という主張)ではあるけど、全員が筋トレをするわけじゃあないだろうね。どうもやっぱりウケ狙いのタイトル。ということはおいておいて、上に書いたように筋トレの効果を言ってる本です。

 そして、なんだかロジックを変えて、仕事ができるようになるためには、筋トレをしたらいいという風にもっていきたげに見える。逆じゃん?そういうことが続けられる人が、仕事の能力も高い(場合がある)と言うのが、正しいんじゃないの!?

 結局、「やらなきゃ」「やらなきゃ」はわかっているけど、やってない、時間がない(←言い訳、他の時間はなぜかある)ということが、筋トレも同じでしょ、っていうことだけです。つまり、生活の中で続けられる仕組みをいかに自分で構築できるか、ということを考えてできる人は、仕事など他のことでも同じように構築していく能力が高い、っていうことだけなんだろうな、と思います。そういうことを言っているにすぎないと思うのだ。

 で、筋トレの話だけ言うと、私は筋トレは実は嫌いです。自分にものすごく甘いのでマシントレーニングはできない。3回動かすと、うんざりしてやめちゃう。でも、この2-3年、別の方法ですこーーし筋トレをしている体験から言うと、やっぱり体が全然違ってきます。痩せませんけど、全然ちがいます。そして、体の見た目だけじゃなくて(ピッタリの服やウエアを着たときに、太っているか痩せているかじゃなくって、綺麗な体になりますが)、生活上の持久力も全然違います。早朝から深夜までの日帰り出張続けられ(疲れてタクシーとか、疲れてグリーン車とかなしで、いや、ガマンしているのじゃなくって)、仕事を続けていける体力の下降線のカーブを、可能な限り平坦にしているからだと思います。私は筋肉がムキムキとつくタイプではないし、重いバーベルをあげられるわけでも、早く走れるわけでもないのですが、生活上の持久力は(それを支える精神力も)鍛えられてるかもです。

もちろん、楽しいからジムに通ってます。でも、生活に及ぼす効果は計り知れないほど大きいです。精神的にも、体力的にも。それぞれに合った方法で、体に向き合ってみると、体だけじゃなくって、精神も、そして生活も全然違うものになると私は思っております。よって、時間を作り、楽しんでジムに通ってます。もちろん楽しみは他にもいーっぱいあるので、他のことも大切にしたいです。

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鯛めし再び

 先日、鯛めしをした時、うちのセーネンは夕食に居ませんでした。もってまったく夕食に居ないことが多いので、最近はすっかり無視していて、彼が居ようが居まいが、こっちはこっちのペースと食べたいもので生活を構築することに慣れ切っています。

 鯛めし、すこーしだけ余ったので、ラップして冷凍してありました。それを、見つけて食べたらしいセーネン、「鯛めしの残りがあった!!うまかった!」「オレの居ないときに鯛めししたの?」「おれ、好きなんだよなああ、鯛めし!」と言います。

 勝手に全然居ないくせに、なんだか居ないときに鯛めしをしたのを恨んでいるような口調です。いや、具体的に何も言いませんけど、なんだか鯛めししたときにいなかったのが、残念なような言い方。

 かーちゃんって、ほんと難儀だなあ、って思うのです。勝手に居ないんだから関係ないじゃん、別に居ないときを狙ったわけじゃあないしさ、とちゃんと考えてはいるんですけど、どこかココロの隅にあって、「今日は居るなら、鯛めしにしてやろうかなあ」なーーんて思ったりするわけです。これが、因果な母の業ってヤツですか?(笑)、こういう気持ちもぜーんぶ綺麗にデリットできたら、ずいぶん楽になるんだろうなあ、とは思うけど、まだデリットしきれてない私は、わざわざピーッコック(魚屋さんが、わりといいのです)に行って(まあ、デパ地下に行ったわけじゃないけど)、小ぶりな鯛を買ってきてしまいました。あたしも、まだまだ修行が足りんわ。

 200903222041000 で、ルクルーゼで鯛めし。塩焼きした鯛を、米と昆布と出し汁に入れて、炊くだけです。鍋の大きさから、大きめの鯛だと入らないから小ぶりでいいのです。鯛の全身から出たおいしい出しで、ご飯もおいしい、鯛もおいしい。あとは、ちょっとした煮物とサラダと味噌汁があれば、十分なごちそうになります。

 早く、関係ないわ、私は私の食べたいものを作るのよおお!という人間になりたい。修行しまっす。

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2009年6月 6日 (土)

愛はめんどくさい

愛はめんどくさい

 まついさんは、「笑う出産」で売れたイラストレーター?漫画家?さんですよね。こっちの方はよく知らないけど。いやはや、偶然手に取った本なんですけど、とてもよかったです。読んでよかった。そして、エラいぞ!まつきさん!!って思います。

 たとえば、女性で、「男は稼いでナンボでしょ!!」「妻子を食べさせてナンボでしょ!そうでなければ価値はないでしょ!」みたいな議論を正々堂々とされることがあります。もちろん、個人が、自分のオットなり、コイビトなり、愛人なりに対して、「私は食べさせてくれるヒトじゃないと、お付き合いしたくないわ」というのであれば、そういう趣味志向なのね、って思うだけですが、それが「真実」あるいは「一般論として当然!!」「オトコは全部そうあるべき!!」というように言われると、はああ!?!?って、私、生物としては女性ですけど思います。

 

 だって、もし、私が男だったら(意図したわけでも、なーんでもなく偶然、女性だったのに過ぎないから)、男というだけで、それを絶対的なこと!って言われたら、重たいですよね。そういう女性を選ぶかどうかじゃなくって、男だったら、どうやっても逃れられないことだとしたら、え?!なんで!?って思います。それに、そういう女性だって、「男も家事、育児をすべき」とか平気で言うんですよ。男だったら、「じゃあ、てめーは何するんだよ!!!」って食ってかかりたいです。都合のいいことばっかり言うんじゃねーーーー!!(って女ですから、都合がいいことに黙ってますが)

 そして、ずるいことに、それが「愛」の証だとか言うわけです。愛っていうのは、相手を大切に思う気持そのものだと思うんだけど、「愛」しているから、なんちゃらかんちゃらって続くと、ほーんとにやっかい。どうして、そこに順接の接続詞があるわけ?みたいな内容が続いてくる。愛しているから言うのよ、愛しているから心配するのよ、愛しているからほっとけないのよ、愛しているから一緒に居よう、愛しているから幸せにして、愛しているから食べさせて、愛しているから○○しないで、もうなんでもありですよ。あーーーー!!めんど!!

 まついさんのオットさんは結婚して8年間、カメラマンなんですけど、たぶん全然生活費を入れたり、子供の費用を払ったりしてないわけです。それをもちろん、彼女はとても気にしているのですが、気にしているという自分をちゃんと考えてみると、「人間という唯一無二の、かけがいのない存在」に対して。「お金」というこの世のとても便利な代替可能な価値基準に置き換えていること、に気がつくわけです。お金が全然なければ、子供とともに生きて行かれないんですけど、なんとか生きていかれる程度には自分が稼げてる。それなのに、大切で大好きで結婚した相手の、その人だけの価値を、通俗的で代替可能な貨幣価値に置き換える必要がどこにあるのか?うーむ、確かにそうだわな。

 自分がこの人と一緒に生きようと思ったのは、この人のことが大好きで、(決して食べさせてくれるからじゃなくって)、この人だけの価値を見出したからだよね。それを忘れて、「稼いでこないなら、価値がない!」っていうのは変だ、というのです。うん。うん。お金が全くなければ別だけど、暮らして行かれるならいいかなって。じゃあ、家事育児を全部やってくれ、っていうのも、え?家事とか育児とか、大切な子供のことをお金と交換している?って思っちゃうわけです。いや、全部しょいきれないから、一緒に快適に生きていくにはシェアしようはわかるけど、アタシ、稼いでいるんだから、あんた家事やってよね、っていうのはお金VS家事っていうバーターに過ぎない。大切な子供との時間をお金で売り渡しているような気になるわけです。うーむ。なんだか、イタッって思いながら、妙に納得。

まあ、お姑さんとのこと、実家とのこと、あれやこれやあるんですけど、いや、まついさん、エラい、そしてとってもステキです。

 前述の「妻子を食べさせてナンボでしょ!そうでなければ価値はないでしょ!」という女性につきつけてやりたくなりました。そして、私も反省しました。私の価値は、そしてヒトの価値は稼ぎ高じゃあありませんね。そして、ともに暮らし、ともに快適に、ハッピィに暮らせること(それにはある程度の経済的なものはもちろん必要だということはわかっています)、ともに生きたいから、一緒に生きることを選択したはずなのに、あれ?いつのまにか巧妙に入れ替えてませんか?もう一度、何が大切な価値だったのか、確認しましょう。一緒に生きていくための、快適さとハッピィさのために、家事も生活もあるんです。よって、稼いでいるから家事しなくてもいいわけでも、逆でもありません。稼いでるから人間の価値があるわけでも、稼いでないから価値がないわけでもないわけです。もちろん、必要な経済的基盤を構築してハッピィに暮らそうということは重要だし、ある程度の家事や育児をしなければ、快適な生活(それは人それぞれレベル感の違いはあれども)は送れないということは重々承知の上で言ってます。でも、それは必要なものであって、お互いのハッピィな生活のために必要なインフラと環境の整備なんですよね。インフラがすべてじゃないわけです。インフラはあくまでもインフラ、その上に人間の価値も、存在も、幸せも、そしてたぶん愛もあるんですよね。

 うん、うん、まついさん、ありがとうの1冊。

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最近は、手抜きのドテーーパン

 えーと、HBのパンづくり、一次発酵が終ったとき、すでに眠かったので、ただのどてーーと寝そべったパンにしたことを、以前に書いた記憶があるのですが。

 あのどてーーとしたパン、朝、カットして食べるのが、わりと好評です。食欲によって、真ん中部分(比較的大きい)をとってもいいし、端部分(比較的小さい)を選んでもいい。カットする幅も好きに変えられる。中身はふわふわ、皮もおいしい。

 簡単で(だって成型なし、ドテーーーって置くだけ)、おいしいので、すっかり手抜きにドテーーパンばっかりやっています。お友達のMさんは、これを「巨大ナマコ」とおっしゃっているそうで、うふふ!「ナマコパン」と命名!

 生地にレーズンや、自家製自己満足ピール、くるみなどを入れてもいいのだ。あとは、一次発酵生地ができたところで、取り出して、オーブンの天板にどてーーって置くだけ。うしし…

200905270637000  こんな感じのパンになり、朝は、こういう風に食べてます。かーんたん!これなら夏場でもできるわ!(生地にあんまり触らないから、生地がだれる夏場でも大丈夫だろうと)

 我が家では、ドテーっとしたパン→ドテーパンが、短縮されて、「ドテパン」という名前で呼ばれています。「ドテパンでいいの?じゃ、やっておくよ」みたいに使用します。どうも、ナマコパンは浸透しておりません。ドテパン?土手?ってなんだか、へんな気がするんですけど。

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2009年6月 5日 (金)

この自由な世界で

この自由な世界で

 イギリスの映画監督、ケン・ローチ監督の映画です。えーと、ケ・ンローチさんの映画は、以前にもたしかご紹介してます。

 今回は、イギリスで、10歳くらいの子供を持つシングルマザーが、人材派遣業みたいなところで雇用されてたのが、実にくだらないセクハラまがいのことで解雇されちゃいます。借金もいっぱい抱えているし、、文句言われながら両親のところで子供を見てもらっているんだけど、どうしたらいい?彼女は、自分にツテとノウハウがあるいわゆる人材派遣業、外国から(ウクライナや東欧諸国、イランなど)から英国に仕事を求めてやってきた労働者を日雇いで派遣する荒っぽい仕事をはじめます。何曜日に何人!みたいないわゆる人集め業です。

 さらに、その人たちをコンテナーみたいなところにたくさん泊まらせて、保険料だとか宿泊料だとかいって、かなりピンはねします。最初はおっかなびっくり手を染めていった仕事だけど、どんどんエスカレートして、たくましく、生き抜くためには、他人を売るようなことまでするようになります。踏み倒されるか、けり落とすかのどちらかを選択しなければならない場面も出てきます。

 

 不払いの問題もあって、怖い目にもあいます。一緒に仕事をはじめた友人が、あなたとはもう一緒にやれないといいながら、離れていきます。でも、子供を抱えて、何をしてどうやって生きていったらいいの!?どんどん逞しく、そして危ない橋を渡りはじめる彼女、生きるためだったのに、子供に幸せな家や教育を与えたいだけだったのに、何がいけないの?彼女がいけないの?じゃあ、どうすればいいの!?この自由という名の、仁義なき競争の社会で、生きていく難しさをこれでもかああ!!と突きつけてくる映画です。ヒサビサのケン・ローチ監督の硬派な映画です。

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犯罪不安社会

犯罪不安社会 誰もが「不審者」?

 「凶悪犯罪が増えている」「水と安全はタダっていう神話はもう壊れた」

 「世界一安全で治安のいい日本というのは、もう過去の話。最近は、物騒だからね」

 って思っていませんか?こういう話、よく聞きますよね。

 ミヤザキ君とか、サカキバラ君とか、タクマ君とか、中1の女の子が同級生を刺した事件とか、地下鉄サリン事件とか、そのあたりから言われるようになったような気がします。

ほんと?という問いかけから始まります。著者(共著ですが)は、犯罪発生率があがっていないことを、様々な公的データで示します。犯罪件数も、子どもが犠牲になっている犯罪の件数も決して増加傾向にあるのではない、増加しているのは、「凶悪事件に関する報道」なのである、という分析です。そして、凶悪犯罪が増えた→治安が悪化しているのだ→厳罰化、報復的な刑罰化、という要素が、世論から出てきているという現代の分析です。さらに地域での防犯活動の活発化→異分子の排除傾向が出てきており、その結果。刑務所が大混雑。そして、増えているのは社会的に不適応な、高齢者、障害者など刑務所内の仕事が満足にできない人ばかり。一度入ったら、法的に刑が終了あるいは執行停止になるまで絶対に面倒を見なきゃならない特異なサービス施設(サービスの提供を拒否できない公的サービス)で、社会的弱者がひしめきあっているというのが現状だというのです。

 犯罪報道の過熱化(昭和30年代には北海道で起きた幼児殺害事件が東京では報道されていないということもしばしばあったのに、今じゃ、全国のニュースが繰返し繰返し背後関係まで含めて報道されています)と、それによる世論の盛り上がり、厳罰化、報復的な刑罰化、「不審者」(って何だ?)を排除する地域、行き所のない人たち、高齢者と障害者と老人であふれかえる刑務所、それを社会的に維持しなければならないコスト、犯罪報道の過熱化は社会的なプラスを何ももたらさないのではないかという問いかけです。ほおーなーるほど、確かに「排除」的な視線は強くなったよなあ。そういう人を社会が受け入れる許容範囲が非常に狭くなっているということは日々感じています。そうなってくると行き場が少なくなって…うーむ、なーるほど。ワイドショーが悪いんだろうか?センセーショナルな映像や犯罪をよりおっかけていく報道の問題もあるだろうな、と、いろいろ考える本でした。ふむふむ。

*実はこの本、うちのセーネンの本です。彼が読んでいるとき、あれこれ話すのに対して、「だって、ミヤザキ君とか、なんとか君とか、従来の怨恨、痴情のもつれ、借金など、説明できる犯罪から、愉快犯みたいな説明できない犯罪が多くなって、誰がやられるかわからない犯罪が増えてるじゃん」みたいな、マスコミそのままのことを私が言ってたところ、彼はあれやこれや反論してくるわけです。へえ?増えてないの?増えてる気がするけどなあ、なんて言ってたら、本がやってきました。彼は一応、(あ)ほー学部なんでしたわ。

 子どもって、もう「かわいいっ!!」なんて思う存在ではなくなって、尻尾振ってこないし、抱きついてこない。でも、世代も違う、興味も違う、生きている世界もかなーり違う人間が、相手のいろんなことも知ったうえで違う世界を話したり、本を見せ合ったり、読んだ本や見た映画が知り合った人の話をしたり、大人の会話ができるのも面白いなあ、と思うこの頃。アタシは、働くおばさんと、サラリーマンの今後についての話なんかしてるし、彼は、こういう本の話をしている。i-podの使い方について教えてもらいながら、エクセルの関数やマクロについては教えていばったりしてる。大きくなった子どももまた、ちょっと楽しい。あーあーあーあ、ということも実はいーっぱいあるので、楽しいって思うことをあげつらわないとやってらんない、ってことも、もちろんあります。だから、書いてみたわけ。自己確認だね、これは。

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2009年6月 4日 (木)

蝕罪

蝕罪

 刑事鳴沢了、全シリーズの後、堂場さんがまた、文庫書き下ろしで始めた新シリーズです。今度は、高城賢吾という40代のおやじ、失踪課という全国の年間10万人にもなるという失踪者を探しているというポーズづくりのための))課に配属された、この7年、死んだも同然のオトコが主人公。どうも、この高城刑事が、同僚(使い物にならない人が多く集められていて、上司だけは、やっきになっているような部署)や、事件とのかかわりで再生していく姿を書くような感じ。すでに、2巻目「相克」も出ているんだよね。

 この高城刑事、7年前に娘が行方不明になったまま、見つかっていない。もちろん必死に探したけど、手がかりも全然ない。刑事だから、こういう時に、悪いことをいっぱい考えるし、何かあったと考える。そういう刑事の姿と、信じたい母親との問題もあって、離婚。お酒が友の人生だったのですが、それが、一番、傷のある「失踪課」に配属される。そこで、仕事を通じて、一緒に組む、やっぱりある挫折感たっぷりの愛実さんとの関りなどで、少しずつ生き返っていく様子です。鳴沢シリーズが若い刑事(で、オトコで人間なんだけど)の成長物語としたら、これは、中年刑事(で、オトコで人間なんだけど)の再生物語っていうところかな。また、楽しみが増えたな、のシリーズ開始、第1巻です。

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ほぐし明太子のタラモサラダ

 生協で、ほぐし明太子っていうのがあります。小さいアイスみたいなカップに入っているので、家族はアイスだ!と思っているのですが、実は明太子のほぐし身です。

 明太子は、稚加栄という博多のお店の明太子が、粒が一つ一つ大きくって、大好きなのですが(ちなみに東京では品川で売ってます。福岡空港でももちろんあります)、加工してしまうのには、ちともったいない。生協のほぐし身は加工用です。

 野菜と合えることが多いのですが、れんこん合えもおいしいです。今回は、平凡にゆでじゃがいもと合えて、タラモサラダにしました。写真ではあんまりピンクがわからないのだけど、ほんのりピンクのじゃがいもで、明太子味です。マッシュポテト、明太子味ってところですね。もっとゆるくすると、パンに塗るのにもいいのですが、ご飯のおかずには、固めがいいかな。200903202030000

 純和風の家に育った私は、マッシュポテトってあんまり作ったことがありませんでした。義母宅で洋風料理を食べると、必ずついてくるマッシュポテトがおいしくって、自分でやろうと思うんだけど、どうも、ベチョベチョになっちゃう。どうしてかなあ、と義母に尋ねたところ、「じゃがいもを小さく切り過ぎないことがコツ」と教えてくれました。火の通りを早くしたいので、小さめにカットしてたのがいけなかったんですね。そんなことを、教えてもらたことを思い出します。もう25年くらい前のことです。

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肝、焼ける

肝、焼ける

 この間読んだ、斉藤美奈子さんの書評で、聞いたことない本だなあ、と思って興味を持ってたところ、偶然、図書館で見かけたのでひょいと手に取って読んでみました。作家さんは聞いたことがあるけど、たぶん、あんまり読んだことがない(忘れてるかもだが)。だいたい、タイトルが変。なんだ?

 友人以上だけど、コイビトかどうか明確でないような関係の男が稚内に引っ越しちゃって、電話で話したりしているだけじゃ、ものたりなくって、いきなり連絡もなしに稚内に来ちゃうところからスタートします。どうやら、「まだるっこしい」くらいの意味らしいタイトル。北海道弁?なのかな。(中高時代に札幌在住だったオットは知らないと言ってます。北海道北部地方限定?)

 斉藤さんは、表題作がお好きなようでしたが、私はそうでもなくって、別の短編の方がしっくりくるなあ、と思いつつ、なんだか評価の定まらない短編集。あ、なんとか新人賞をとったから、斎藤さんが書評を書いてたのか、なーんだあ。

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2009年6月 3日 (水)

スナップエンドウのピクルス

 あたし、スナップエンドウって好きなんですよね。普通のさやえんどうより、豆の味がして、甘みがあっておいしいなあ、って思っています。あれやこれや、しょっちゅう食べます。

 先日、地元のビストロに行って、シェフのおまかせの前菜プレートにスナップエンドウが乗っかってたの。パクって食べたら、あ!!ピクルスだあ。はじめて、スナップエンドウのピクルスを食べました。あんまりすーーっぱくはないんだけど、豆の甘みとスッパさと、ちょっとシャキシャキ感、ひゃーーおいしい!!こういうのもピクルスにしておいしいのね。アタシ、きゅうり、にんじん、セロリ、カリフラワーくらいはするけど、スナップエンドウって思いつかなかったわああ、と自分の頭の固さを痛感し、さっそくやってみることにしました。200904170829000

 ついつい、何か足したくなってしまうクセで、色合いもいいので、にんじんとのミックスピクルス、うふふ・・・きれい!!さっと湯通して、水、白ワイン、ビネガーに砂糖と塩、にんにく、ベイリーフ、スパイス類のピクルス液を注ぐだけだから、すぐできます。こーんな感じ!

 豆のピクルスっていうのもいいかもなあ、と考えるピクルス瓶。どーんな豆が合うかなあ(妄想中)

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ミレニアム

ミレニアム

 永井するみさんの長編(つまり短編の寄せ集めじゃないものっていうことね)を見つけると、少しずつ読んでいます。これは、1998年の作品で、2000年になったときに、あらゆるシステムがエラーになると言われていた頃に、その事前対応に追われるシステム業界が舞台になっています。あー、そんなことあったわね、の2009年ですけど。こういうシステム業界のご苦労もあったんでしょうし、取りこし苦労の面があったのかもしれませんが、たいして大問題が起こることなく、21世紀になったように思います。電気やガスなどのライフラインが止まったら?と石油ストーブを出してきたりとなさった方もいらしたようですけど、特段の大トラブルは起きなかったですね。

 というのは結果論で、これはその2年くらい前の作品で、その対応に忙しく、また海外からの新しい対応ソフトの売り込み合戦なんかが活発な頃のある事件のお話です。

 まあ、わりとすっきりしたミステリータッチになっているんですけど、この人の作品、柴田さんとか、近藤さんみたいな風味があって、そして何より、基本的にあんまりひどい人が出てこない。なんだか、人間の底の底を見ないで済む感じなんだよね、どこか救われ、まあ、しょうがない程度の人しかいない。善意の人もいっぱい居る。そんなところが、ぐさーーってこない分楽だけど、きっと甘いミステリーっていう限界なのかもしれないなあ。読んでてしんどくなくって、ラクチンなんだけどね。

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2009年6月 2日 (火)

花シュウマイ

 上海でショウロンポーのおいしさにくらくらして、セイロを買いました。しかし、ショウロンポーって、敷居が高くて、まだ作ってないです。肉まん、あんまん、豚肉のトウチ蒸し、などお手軽なものにしか使ってないですわ。暑くなる前に、もうちょっと使いたいなあ、って思うんだけど、やっぱり「簡単なもので」という気持ちを捨てられません。根っからのズボラです。

 ズボラな上に、もう一つ、決定的な弱点が「不器用」です(涙)、ズボラなので、丁寧じゃないんです。さらに、不器用な上に丁寧じゃないので、パンを丸めれば大きさは揃わず、肉まんや大福は、中身がしばしばパンクし、同じものを揃えてつくる、とか見た目よく整えて作るとか思いっきり苦手です。お菓子も作るけど、デコレーションができません。当然、お裁縫とか刺繍とか編み物とか、手早いんですけど、綺麗じゃありません。手早いだけで綺麗じゃなくっていいのは、夏みかんの皮むきくらいで、「かーちゃん、絶対世界皮むき選手権で優勝できるよ!」とムスコに太鼓判を押されています。「人間部門では優勝して、サルと対決だね!」(←誉めてないだろ)と笑われるくらいです。ちーっとも自慢じゃないって。会社で昼休みに八朔を食べていたら、同僚から「りょうさんが八朔を食べていると、りょうさんが剥いているというより、八朔が自分で皮を脱いでりょうさんの口に向かっているように見える」と評されました。なんだ、そりゃ!こんなことしかできません。

 なんの話だよ。余計なことを書きました。今日はヒマなんです(笑)すいません。つまり、私はとーっても不器用なので。揃えて作るべきシュウマイが苦手なんですよ。左手の親指のところに穴を作って、皮を置いて具を入れる、という基本スタイルは理解しているんですけど、なんだか、ちゃんと揃って立つシュウマイがなかなかできないんですよね。姿勢の悪いヤツや、寝そべったヤツなど、しゃんと立たんかいっ!!っていいたくなるヤツばっかりできちゃうんで、シュウマイが苦手です。手作りのシュウマイっておいしいと思うんですけど、成型がうまく行かないんです。

 以前に平野レミさんの本で、さかさまシュウマイというのを見て、おおお!!って喜んだことがあります。肉団子の上にシュウマイの皮を帽子のようにかぶせた逆さまタイプのシュウマイです。彼女は決して不器用じゃないでしょうが、急いでいらっしゃるときに発明したようでした。なかなかお姿もかわいいんです。フンワリ優雅なお帽子をかぶったシュウマイたち。これを何度か作りました。しかし、この難点は、肉が底にあるのでくっつきやすい、ということと、やっぱり皮に肉の旨みが閉じ込められないってことなんですね。パンツ履いてない状態なので、旨み垂れ流し(笑) 不器用なアタシには、助かる逆さまなんですけど、イマイチ!!

 そこで、なんとか不器用でもくるむことで具の旨みが流出しない方法、皮が底になってくっつかない方法、という2条件を満たすのが、この花シュウマイ、なんだかさらに、バージョンアップして難しそうかなあ、と思ったけど、実はとーっても簡単。シュウマイの皮(市販品)を細切りにして、適当にくっつけるだけ。ちゃんと揃えたシュウマイを作るより、ずーっとワイルドに適当にやっても、大丈夫。大きさなんて、バラバラでいいのだ。その上、ちょっとオシャレ度アップ?ね、すぐれものでしょ。肉団子(ほたて缶とか、タケノコとかお好きなものをミックス)を作り、細くきったシュウマイの皮を適当に、ラフにまぶすだけです。あとはセイロへGO!ほら、ラフなくしゃくしゃっていうヘアスタイルがあるでしょ、あーゆー感じ、蒸されてちょっと落ち着くので、ちゃんと花しゅうまいになります。らーくちん!!というわけで、不器用なアタシのシュウマイは、花シュウマイです。手がかかってそうで、ごちそうっぽくで、実はとーってもズボラなネタです。おためしあーれ!200904132115000

*この花シューマイの唯一の問題点は、皮がたくさん必要なことです。シューマイの皮って、私が買うのは、1袋25-6枚入っているのですが、花シューマイを作るときは、通常の1.5~2倍の皮が要ると考えておいた方がいいです。シューマイの皮はたいして高価なものではないので、買うのはいいのですが、たくさん使うってことは、つまりお腹に入るってことで、つまり「皮でお腹が結構膨れる」ということです。それは、それで、問題であります。

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サンタ・エクスプレスー季節風 冬

 サンタ・エクスプレス

 シゲマツさんが、四季でシリーズ化している本の冬版。冬にちなんだ、シゲマツ節の短編が並んでいます。

 で、そろそろ混乱してきた。だって、どれも登場人物の設定も、シチュエーションも違うけど、なんだか、不思議に同じ味のものをずーっと食べているような気分なんだもん。どれ食べても、味が同じって、変だよね。ファミレスのセットメニューみたいな感じ?一定のもので、全国どこで食べても、大当たりはないけど、大はずれもないという品質管理状態なんだよね。小説家って、大はずれがあっていいかどうかわからないけど、もうちょっと大量生産方式の安定供給じゃないものを作る職業なんじゃないかと思うんだけど、いかがでしょう>シゲマツさん。

 なんだか、すでに忘れたが(即忘れるんだよ、こういう短編いっぱいあると)、登場人物がなんだかいっぱい失敗して(受験だって、仕事だって、起業だって、いろいろ失敗するわけだ)「失敗した経験がいっぱいあると、あとできっと役に立つぞ」って父親か先輩か、親戚のおじさんか、誰かが言うんだよね。シゲマツさんって、ずーっと、同じことを、いろんなシチュエーションで、いろんな善人が出てきて言っている気がする。なんだか、どれも違いがわからなくなってきた。そんなシリーズ、なんだか、これだけ質の似たものを量産するっていうのは職人技だと思うけど、ほら、日用品のお茶碗とかさ、たくさん同じようなのをたくさん作れるっていうのもいいけど、それでいいの?っていう気がしてくる。そろそろ、こういう受注仕事、少なくしたらどうだろうねえ。もうすいぶん稼いだでしょ、って思わないでもない。

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2009年6月 1日 (月)

里芋とあさりのチャウダー

 食材管理のできる皆様には、関係ないことなのでしょうが、我が家の食品庫は、一部、魔球の迷窟となっています。まあ、乾物とか、いつの豆?みたいなものが出てくるおとがあることは目をつぶってるんですが(ほんとは、つぶっちゃいかんのですが)、一番したの段に、スーパーのカゴみたいのが入っていて、そこにじゃがいもとかタマネギとか入ってます。だいたいが消費量が多い、蓄積されることはないのですが、実家家庭菜園から来たなんだかボロボロのイモ類みたいのが、ながーーく新聞紙に包まって冬眠?夏眠?していることもあったりするあたりが、かなり迷窟です。

 こーんな季節になって、いつのだあ!?というボロボロの里芋を見つけました。なんだか、芽がでかかった、粒の揃わない、たぶん千葉の先っぽから来たであろう里芋君。暑くなってきて、煮物もなあ、やる気がしません。うーむ、睨みつけて、朝ごはんネタにしてしまうことにしました。

 200905241236000 里芋をシチューっぽくして、あさり(冷凍@生協)と一緒に朝ごはん、チャウダー風です。朝なら、まださほど暑くないし(8月じゃあ、いやだけど)、洋風にしてパンと一緒に食べてしまおうということです。タマネギと里芋をバターでいためて、粉と牛乳で伸ばして、あさりを入れて蒸し煮、貝の味がするほーおーーーこりするチャウダーになりました。これで、秋まで里芋って食べないだろうな、の里芋です。

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この世でいちばん大事な「カネ」の話

この世でいちばん大事な「カネ」の話

よりみちパンセシリーズの、西原理恵子さんの本です。私、「お金」というもの関する本で、これほど泣けた本はないです。新幹線で読んでたんですけど、もうボロボロ・・後半は泣けて泣けて…

節約の勧めだとか、年収を何倍にするとか、あれやこれや、いろんな「稼ぐ」ための本はあるけど、サイバラさんほど、お金を稼ぐということが、大切な人や大切なことを守れるんだよ、生きるために、生き続けるために働こうと訴える本はなかったです。なんとか、うまく儲けようっていうのでも、楽してお金を得ようというのでも、ましてや、誰か他の人よりより多く稼ごうというのでもなくって、大切な人との大切な暮らしを守るため(という彼女の生い立ちや周囲があるんですね、お金がないために守れなかったものが)を守り、支えていくために、稼ぐことが、そして稼いで生きていくことが、どんなに大切か、ということを(繰返しますが、誰かより稼ぐのでもないし、ラクして儲けるのでも絶対にありません!)訴えます。亡くなった元オットさんの鴨志田の闘病を支えたのも、彼がアル中でも、子供との生活を支えられたのも、ちゃんと稼いでいたからです。彼女が、ギャクマンガで笑ってもらおうという生きるための仕事、そして彼女を生かす、彼女と彼女の大切な人を支えてくれた仕事があったからです。

そう、人は生きるために働くんだけど、働くことで生かしてもらっているんだよね。儲けるための本でもない、人より多く年収をあげるための本でもない、節税するとか、うまく立ち回るための本でもない。働いて自分と自分の大切な人を支えていくために生きていくんだという本です。いやはや、よかった!

うちの、セーネン@学生、まだ、アルバイトしかしたことがない、親のすねかじりに、「この本!絶対に読みなさい!!」と渡しました。あんまりなかーちゃんの剣幕に圧倒されて、「はい」と殊勝に返事してました。剣幕勝ち!

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